しつこい野村監督に「気分が悪い」 通訳に“嘘つかせた”元燕助っ人の苦労
93年のリーグ連覇に貢献したレックス・ハドラー氏
メジャーから日本球界にやってくる助っ人が、異国への順応に苦労するケースは少なくない。プレーや環境の面だけでなく、人間関係に気を遣うことも。ニューヨーク・タイムズ紙は、NPB入りする選手たちが直面する難しさを紹介。約30年前にヤクルトでプレーしたレックス・ハドラー氏が、当時の野村克也監督と馬が合わなかったことに触れている。
エクスポズ(現ナショナルズ)やカージナルスなどでメジャーで8シーズンを戦い、1992年オフに異国へ行く決断を下した。メジャーでは数多くの殿堂入り監督のもとでプレーしたが、同紙は「それは捕手として日本の殿堂入りを果たしたカツヤ・ノムラ監督のもとでプレーする準備にはならなかった」とも言及。ID野球を徹底する緻密な指揮官は、相手が助っ人でも厳しかった。
ネクストバッターズサークルで準備をしているハドラーに対し、タイミング悪く寄ってくる通訳。野村監督の打撃アドバイスを伝えるためだった。執拗な指導に、目がテン。思わず通訳に“談合”をもちかけたという。
「いいか、俺は少し気分が悪い。俺はプロの野球選手で、15年もやってきた。だから今度、ヤツがお前をここに送ってきても、言ったことを俺には伝えるな。ただ、『おい、ハド、この大事な場面でヒットを打ってくれよな』と言えばいい。監督はお前がオレにそういったとは分かりゃしない」
その密約は功を奏し「それ以降通訳が出てくるときはいつもそう言ってきて、誰もが満足したよ」。結果的に120試合で打率.300、14本塁打64打点をマークし、リーグ連覇に貢献した。ただ、ノムさんにバレていたのかどうかは定かではないが、わずか1年で退団することになったのだった。
(Full-Count編集部)