“逸材18歳”が追う大谷翔平の背中 子どもの頃から大ファン…日本ハム入団の運命
U18W杯に台湾代表として出場した孫易磊が日本ハムに育成契約で入団
9月に行われた「第31回 WBSC U-18 ベースボールワールドカップ」に台湾代表として出場し、日本ハムに育成契約で加入した孫易磊(スン・イーレイ)投手。早速11月1日から沖縄県国頭村で行われている秋季キャンプに参加している。10月16日に台北市内で行われた入団記者会見を終えた後、22日から開催された日本の国体に相当する全国運動会に新北市代表の一員として主に野手で出場。24日のチーム最終戦では投手としてマウンドに上がって1回を無失点に抑え、29日に日本へと飛び立った。
8月31日から9月10日まで地元台湾で開催されたU18W杯で、孫は自己最速を更新する156キロの直球と、キレのいいチェンジアップ、フォーク、スライダーなどのコンビネーションで、決勝の日本戦を含め4試合計14回を投げ被安打5、15奪三振、防御率0.50という圧倒的な投球をみせた。
堂々としたマウンド上での姿が印象深いが、マウンドを下りれば9月に中国文化大に入学したばかりの18歳だ。右投げ左打ちの孫は2005年2月生まれ、台北市出身。優れたアスリートを多数産んできた台湾原住民族のひとつ、アミ族の血を引く。父は本格的な野球経験者で、5歳上の兄・易伸は来季から1軍に参入する台湾プロ野球第6の球団「台鋼ホークス」の外野手だ。
兄に憧れ野球を始めた孫はめきめきと実力をつけ、投打共に高いセンスを発揮。小学校の卒業前、リトルリーグの国内予選を勝ち抜くと、U12W杯の代表にも招集されるなど、世代を代表する選手となった。この時点で既に憧れの選手として、当時日本ハムに所属していた大谷翔平投手の名前を挙げ、海外でのプレーを夢見ていた。
中学時代も、ポニーリーグワールドシリーズでは準決勝で勝ち越し本塁打、決勝では先発で勝ち投手となり優勝に貢献するなど各大会で活躍。高校は兄の母校で、日本ハムの“先輩”王柏融のほか、陳冠宇らを輩出している台湾を代表する強豪・穀保家商に進学し、入学直後からレギュラー入りを果たした。1年時はほぼ野手専任、2年時からは主軸を打ちながら登板機会が増加。新3年で迎えた昨夏のU18W杯では、「二刀流」選手の一人として、外野手登録ながら豪州戦では先発して3回1失点など投打で準優勝に貢献した。
漫画「はじめの一歩」の主人公・幕之内一歩から刺激
高校3年になると投手が主となった。台湾プロ野球のドラフトに参加すれば上位指名は確実とみられていたが、夢である海外挑戦を希望し、今年初めにはオファーを待つために大学へ進学することを表明した。2月から行われた主要大会のひとつ、高校野球リーグでは決勝に先発してMVPを受賞。5月から開催されたU18W杯代表候補選抜大会・玉山杯の4強入りを決める一戦では、最速149キロの直球に、千賀滉大投手を参考にしたというフォークを交え、4回2/3、被安打2、無四球、自己最多の10奪三振と好投。スカウトの評価もうなぎのぼりとなった。
しかし、これほどの存在感を示しながらも、この時点では台湾の高校球界で最も脚光を浴びていたわけではなかった。当時のメディアの関心は、高校のチームメートで、昨年のU18W杯・日本戦で勝ち投手となったもう一人の「二刀流」、最速154キロの剛腕・林盛恩をめぐる日米球団の争奪戦に注がれていたのだ。結局、林は6月6日にレッズと契約。今年のU18W杯は選外となり、代表候補に選出された時点では外野手登録だった孫が代表合宿でも好調なピッチングを維持、エースに指名され、本大会では投手に専念して大黒柱として活躍した。
小学校時代から孫を知る解説者の陳師正氏は、急成長の要因を、母校・穀保家商の育成力が台湾高校球界屈指であること、兄・易伸と親しく、海外挑戦について度々相談をしていたという最速159キロ右腕、劉致榮(レッドソックス2A)が通う施設でフィジカルの強化を行ってきたことが大きかったと指摘。「元々素晴らしい選手だったが、本人の努力もあり、今年に入ってから直球は8キロから10キロアップした。変化球も、特にチェンジアップはキレが大きく増した」と分析した。
また、穀保家商の元監督・周宗志氏は、高校1年時から卒業まで停滞期がなかったと指摘。「何をすべきかよく知っており、自分を厳しく律することができる。高校生でここまでできる選手はなかなかいない」と称賛し、伸びしろは計り知れないと断言した。15年の在任期間中、日米含め70人近くのプロ選手を産んだ名指導者の言葉だけに、説得力がある。
台湾メディアによると、孫は漫画「はじめの一歩」の主人公・幕之内一歩から刺激を受けているといい、「自分は天才型ではない。才能はそれほどでもないかもしれないが、努力は続けてきた」と語っている。
中学時代には憧れの大谷翔平と同じ「目標達成シート」を作成
日本ハムの稲葉篤紀GMは、台北市内で行われた記者会見で、本人の将来的な夢だという米球界挑戦についても考慮してか「『台湾の宝』であり、将来的に世界で戦える投手になれるよう、大切にしっかりと育てたい」と語った。また支配下登録のタイミングや、「二刀流」育成の可能性については「打撃についても面白いものをもっている」と評価したうえで、「まずはピッチャーとして、しっかり、じっくり育てていきたい」と答えた。
孫はMLB球団を含め複数球団からオファーがあった中から日本ハムを選んだ理由について、唯一、まず両親を訪ねて丁寧に育成プランを伝えるなど、家族を重視してくれたことに心を動かされたと説明した。両親が孫の元を訪れやすいよう、日本への往復の航空券も契約に盛り込んだとも言われており、マネジメント会社はその枚数からも「誠意」は十分伝わってきたと語った。孫は渡航前の多忙なスケジュールの中、両親と兄・易伸が出場する台湾プロ野球の2軍チャンピオンシップを観戦にいくなど、家族思いでもある。
筆者は昨秋、日本のテレビ局の「世界の大谷」特集の取材アテンドで、穀保家商の宿舎を訪問した際、孫がわざわざロッカーから大谷の書籍を取り出して見せてくれたことが印象に残っていた。12歳の時点で大谷ファンを口にし、中学時代には大谷同様「目標達成シート」を作成したという本人に気持ちを聞くと、「それもファイターズを選んだ理由のひとつです」と笑顔で答えてくれた。
またファイターズファンのフィーバーぶりを伝えると、「入団できてとても嬉しいです。温かい声援ありがとうございます。日本でも精一杯頑張るので、よろしくお願いします」と話してくれた。現時点の日本語レベルは、五十音は覚えたものの、文字はまだ書けないという。当面は通訳を通じてのコミュニケーションになるだろうが、18歳、吸収は早いだろう。
ファンには「イーレイ」と呼んで欲しいとのこと。国頭や鎌ケ谷で背番号「196」をみかけたら、是非、「イーレイ、加油(チャーヨウ)!」と声援を送ってもらいたい。日本で対決したい打者については、間髪をいれず佐藤輝明内野手(阪神)の名前を挙げた。実現は1軍、交流戦でということになる。台湾でも話題沸騰のエスコンフィールドで、孫がファイターズファンを歓喜させるピッチングをみせてくれるのはいつの日か、今からその日が楽しみだ。
(「パ・リーグ インサイト」駒田英)
(記事提供:パ・リーグ インサイト)