送りバントは“汚れ仕事” イチロー大好きの監督…野球の地位向上へ「お金惜しみなく」
“デザイナー兼投手”WBC代表・メルガンスさんが語るチェコ野球界の育成事情
「チェコで野球をやっているの?」……。昨春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で侍ジャパンと接戦を繰り広げ、注目を浴びたチェコ代表。そこで、東欧の国に野球の土壌があることを初めて知った人も多いのではないだろうか。同国の育成事情とはどのようなものか。今月、ロッテ戦での「チェコ ベースボール デー」に合わせて来日した、同イベントのロゴのデザインも手がけているWBC代表、ダビド・メルガンス投手に話を聞いた。
チェコといえば、1998年の長野五輪で金メダルを獲得したアイスホッケーが国技。野球はマイナーで、競技人口は7000人ほどだ。そんな“不毛の地”にバットとボールを持ち込んだのは、共産主義体制時代のキューバ人労働者で、民主化以降はMLB機構が普及を手助けしている。
1993年に創設された国内リーグには8チームが所属。それぞれに下部組織があり、U-11、U-13というように2歳刻みでカテゴリー分けされている。サッカーのようなピラミッド型の育成組織をイメージすればわかりやすい。各カテゴリーに15~20人の選手がおり、多くは18歳、早い選手だと16、17歳でトップデビューを果たす。
チェコ第2の都市・ブルノ出身で、現在22歳のメルガンスさんは、5歳の時に地元のチーム「ドラチ・ブルノ」で野球を始めた。「母がソフトボール選手だった影響と、家の近くに球場があったのが理由ですね」。野球を始める年齢は多くが5、6歳。中には4歳の子もいるといい、「7、8歳からだとチェコでは遅すぎますね。早くから始めた子と差がついてしまいます」という。
育成年代の練習は週に1回、2時間程度と“短時間集中型”。打撃はティースタンドを使ってゴムボールを打つことから始まり、膝立ちしたコーチが投げた球を打つ「コーチピッチ」を経て、11歳頃から実際に投手の“生きた球”を打つ、というように手順ができている。上の世代の選手が下の世代を教えることも多い。
技術向上はもちろんだが、「それ以上に“野球を楽しませる”ことに重点を置いていると思います」とのこと。他の競技を兼任する子も多いといい、メルガンスさんはフロアボールにも打ち込んだそうだ。そして、スポーツを通じて人間的成長を促すのは日本と共通だ。
「学校の授業を聞いていない選手は、野球でもコーチの話を聞かないでしょうし、逆に指導者の話に聞く耳を持つ人は成功する。対戦相手をリスペクトすることも大事ですし、それはどの国も同じことだと思います」。WBCでも称賛されたスポーツマンシップの土壌は、育成過程でしっかりと培われているようだ。
国際大会でいきなり投手デビュー…得意の送りバントは「明かりを灯す仕事」
初めは外野手を務めていたメルガンスさんだが、本人いわく「あまり上手な選手ではありませんでした」。本塁打もキャリアで2本と長打タイプではなく、「試合では真っ先に途中交代させられていた」と悔しい経験をしてきた。大きな転機は、13歳の時のイタリアでの国際大会。投手の頭数が足りなくなり、「僕が投げます」と監督に直訴した。
「公式戦というか、実戦で投げたのがそこが初めてです(笑)。真っすぐもチェンジアップも球速が変わらないようなレベルでしたが、1イニングを3者連続三振に抑えることができました。そこから、ピッチャーとして努力をしてきました」
故障予防のために、下のカテゴリーでは20球投げたら翌日はノースロー、40球投げたら2日あけるなど球数も管理。18歳以上からは基本的に制限はなくなるが、試合では100球を超えたら交代するのが通例だという。おかげでメルガンスさんも、大きな故障なく投手としてのキャリアを積むことができている。
野球が「上手ではなかった」とはいえ、メルガンスさんが1つだけ自信を持っていたのが送りバント。育成年代から代表に選ばれていたのも、9番打者として“つなぎ役”を期待されてのことだった。ところで、チェコではバントのような小技を“black job”(チェコ語で“cerna prace”)といい、犠打職人のことを「汚れ仕事」のような呼び方をするという。実は、これには深い意味がある。
「皆さんがイメージするような“汚い”意味合いではありません。炭鉱夫に由来しているんです。ツルハシを握る姿って、バントのときのバットの持ち方に似ているでしょう。暗い穴の中で真っ黒になりながら、大変な思いをして石炭を掘り当てる。だからこそ、皆が明かりを灯して生活ができる。そうやってチームのために貢献する仕事という意味なんです」
現在、チェコ代表の指揮を執るパベル・ハジム監督はイチロー氏の大ファンで、最少失点で守り勝つスモールベースボールが志向だ。今年11月に侍ジャパンとの対戦が組まれているが、僅差の場面での“black job”要員の仕事ぶりにも注目してみたい。
WBCでの活躍によって、国内での野球への注目度が上がった。さらに子どもたちに夢を与えるためにも、今後の国際舞台での活躍は重要になる。2028年のロサンゼルス五輪が大きな目標になるが、「(同じ代表の)ミハル・コバラ投手が米国(ジョージア工科大)で活躍しているように未来は明るい。そのためにも国内での投資を惜しまないこと。野球の発展に、お金を惜しみなく使ってほしい」と語る。
メルガンスさんの本職がデザイナーであるように、代表の多くが兼業選手であるチェコ。いつか野球が、それ一本で“食べていける”競技になってくれることが願いだ。
(高橋幸司 / Koji Takahashi)