8連敗で野手転向→育成契約、両打ち挑戦 苦境を越える27歳…10年目で再びの“試練”
オリックス・佐野皓大、紆余曲折な野球人生
まさかの出来事だった。今季プロ10年目を迎えたオリックス・佐野皓大外野手は神戸市内の病院で右足関節内果骨折、右足前距腓靱帯損傷の診断を受け、6月21日に右足関節内果骨折骨接合術、右足前距腓靭帯修復術を行った。現在は退院し、大阪・舞洲の球団施設でリハビリ生活を行っている。
増量成功で、さらなる飛躍を狙っていた。「毎年、体を大きくしたいと思っていたんですが(今回は)うまくいきました」。ちょっぴりたくましくなった体は5キロ増え、誇らしげな表情を浮かべていた。昨オフから取り組んだ増量作戦だった。「例えば、ごはん1杯だったものを2杯にするような感じです」と、トレーニングと並行したシンプルな取り組み。そうすることで、今年のキャンプインまでに7キロ増えた。「食べる量が勝手に増えていった感じで、思ったより体重が落ちない」。シーズンに入っても1、2キロ落ちているだけで、増量した分はキープできていた。
走攻守のレベルアップが増量の狙いだが、打撃面で効果が表れていた。3月のオープン戦では出場4戦目の楽天戦(静岡)から4試合連続安打を記録。マルチ安打2度を含め、14打数6安打の打率.429と好スタートを切った。6安打のうち3本は二塁打で「体の状態はかなり良くて、パワーアップも多少は感じました」と手応えを語っていた。
しかし、2軍で迎えた開幕直後の試合で、手の甲を痛めて戦線離脱を余儀なくされてしまった。約2週間安静にして電気治療などを行い、4月下旬に復帰することができた。打撃では多少痛みもあるそうだが「焦りはありましたが、まだ序盤ですから」と前を向いていた段階だった。
俊足を生かすスタイルに「打撃だけが野球ではありませんから」
紆余曲折のプロ野球人生だ。佐野は2014年ドラフト3位で投手として入団。1年目の2015年は2軍で17試合に登板し0勝8敗、防御率7.28だった。2017年オフに野手転向し、育成選手として背番号「121」から再出発した。2018年7月に内野手として支配下選手に返り咲き、今度は「93」で外野手へ転向。さらには俊足を生かすため、スイッチヒッターにも挑戦した。
2020年からは誕生日が同じで、コーチから「プレースタイルが似ている」と言われていた故・小瀬浩之さんの「41」でプレー。代走を中心に77試合に出場し20盗塁を記録。その後、右打ちに戻した2022年には78試合に出場したが、昨季は野手転向後、最も少ない47試合出場にとどまった。
それだけにキャリアハイにかける思いは強かった。「打撃だけが野球ではありませんから」と、走塁や守備面でも増量効果を期待していたプロ10年目。6月15日のヤクルト戦(京セラドーム)の7回に代走で出場し、二盗を仕掛けた際に負傷。「(節目は)関係ありませんね」。飾らない性格のまま、また1軍の勝利に貢献できる日に備える。
(北野正樹 / Masaki Kitano)