年下捕手が謝罪「すみません」 伝説のプレー誕生も…気づかなかった“ことの重大さ”
星野伸之氏の投球を中嶋聡捕手が素手で捕球した背景
投じたスローカーブを、捕手に素手でキャッチされた。野球評論家の星野伸之氏(元阪急・オリックス、阪神)は通算176勝、2041奪三振をマークしたレジェンド左腕だが、プロ7年目の1990年シーズン中に起きた珍プレーもあまりにも有名だ。34年が経った現在もテレビ番組などでいじられ続けている。「どんどん話が広がって……。まぁ、今となったらうれしいですけどね。まだこれを使ってくれるかってね」と笑顔で語った。
1990年の星野氏は初の開幕投手を務めるなど、オリックス投手陣の軸として躍動した。すべて先発の27登板で1完封を含む10完投、14勝9敗、防御率4.02の成績を残したが「その年には人生で一番嫌な勝ち星がありました」と話す。それはシーズン2勝目を挙げた4月21日のダイエー戦(平和台)。8回表を終わってオリックスが13-0と大量リードしていたが、その裏に、それまで好投していた星野氏が突然崩れて7失点して降板した試合だ。
「7回が終わったところで(バッテリーコーチの)中沢(伸二)さんに『もういいだろう、交代で』って言われたんですけど、僕が調子に乗って『いや、完封がありますから』って言っちゃったんです。そしたら……。あんなに点を取られるなんて思わないじゃないですか。何回ベンチを見たか。もう止まらん。もう交代してほしいと思ってね。でもベンチも僕が言っちゃたから最初は(意地でも)代えるかぁって思ったんでしょうね。ホントに止まらなかったから代わりましたけどね」
8回裏の星野氏はダイエーの藤本博史内野手、森脇浩司内野手に一発を浴びるなど散々な展開だった。結局、この回は1アウトしかとれなかった。「ボッコボコにされて、もう最悪でした。本当にあんなこと、言うんじゃなかったと思いましたよ。やっぱり、その時点で野球をなめていたってことです。これは本当に勉強になりました。勝ったと思った瞬間に気が抜けますからね」。オリックスが15-8で勝って、星野氏が勝利投手になったが、まさに苦い思い出というわけだ。
同じ年に、さらなる“まさか”のシーンが起きた。9月20日の日本ハム戦(東京ドーム)に先発した星野氏の外角高めのスローカーブが、中嶋聡捕手に右手素手でキャッチされたのだ。「あの日は立ち上がりに失点して調子もよくなかった。逆球ばかりでしたからね。(中嶋に素手で)捕られたヤツも、バッターは(日本ハムの)田中幸雄(内野手)で、サインはインコースのカーブだったんですがアウトコースに行って、中嶋ももう面倒くさくなったんでしょうね」。
その時の星野氏は「別に何とも思っていなかったです。今日はコントロールが悪いなって思うくらいだった」という。“ことの重大さ”はその回を投げ終えてからの周囲の反応で悟ったそうだ。「怒っているのは(上田利治)監督だけで、ベンチに帰ったらみんなに大笑いされましたからね。『お前、手で捕られた』って。それで“チェッ”ってなりました。慌てて中嶋が『すみません。手が痛かったです』と言ってきましたよ。『嘘つけぇ』って思いましたけどね」と星野氏は笑う。
34年前の超絶珍プレー…「今となってはうれしいですけど」
テレビでも珍プレーとして取り上げられた。「(オフには)テレビ局からも呼ばれましたね。僕は別によかったんですけど、中嶋は『もうやめてくださいよ』って嫌がっていましたね」。その後も中嶋の返球が星野氏の球よりも速かったとか、いろんな話が付け加わり“伝説の素手キャッチ”として語り継がれている。星野氏の代表的なエピソードになっているほどだ
2022年6月2日のDeNA対オリックスの交流戦(横浜)では、ベイスターズ1軍コーチvsレジェンドOBの企画で星野氏がDeNA・鈴木尚典打撃コーチと1打席対決。その際も1球目のスローカーブを捕手が素手で捕りにいった。伝説シーンの再現を狙ったわけだが、残念ながら捕手が捕れずじまい。「自分ではけっこう上の方に投げたつもりだったんです。その辺が捕りやすいから。でも、ちょっと低く行っちゃって、あれは(捕るのが)難しかったですね」と苦笑いだ。
「去年も(プロ野球の)昭和40年会と昭和48年会がミックスになって芸能人チームと対決する企画で、(素手キャッチを)やったんですよ。EXILEのMAKIDAI君がバッターでキャッチャーは古田(敦也)。1球目真っ直ぐで行って、2球目のカーブを素手で捕るって約束だったんですが、初球の真っ直ぐを(打者の)MAKIDAI君が捕っちゃった。まぁ古田かなんかが仕組んでいたみたいですけどね。真っ直ぐも90キロくらいでしたし……」
いつまでもいじられる“素手キャッチ”だが、星野氏は「まぁ、今となってはうれしいですけどね。まだこれを使ってくれるかってね」と逆に楽しんでいる様子だ。現在「星野伸之野球アカデミー」で小学生たちを指導しているが「中嶋に素手で捕られたシーンは映像が残っているから、今、教えている子どもらにも見られていますからね」とも。
「伝説の素手キャッチ」があった1990年当時の星野氏は24歳。若かりし頃の出来事が34年の時を経てもネタになり続けるのは、遅いボールを駆使して1987年から1997年まで11年連続2桁勝利をマークするなど好成績を残したからこそだ。まさにレジェンド。数字だけを見ても、その投球術の巧みさは誰もが感じるところだろう。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)