7年で現役に幕…巨人ドラ1の後悔「続ければよかった」 僅か1年で終わったGMとの“約束”
鍬原拓也、大きすぎた周囲の期待「本当にしんどかった」
7年間の現役生活を振り返って、思い出したのは1冊の日記のことだった。2017年のドラフト1位で中大から巨人に入団した鍬原拓也投手は、2024年限りでの現役引退を決断。プロ最終年をソフトバンクの育成選手として過ごした。少なからず後悔と未練が残る中で、思い返すのは入団当初のことだった。
「正直、あれを続けていればよかったって今思うんですよ」。そう語ったのは“10年日記”のことだった。巨人のドラフト1位という肩書き……。当然、周囲の期待はとてつもなく大きかった。「嫌味とかじゃなく、なった人にしかわからない辛さがありますよ。こればっかりは本当にしんどかったです」と苦笑いするほどの重圧があったという。
期待をかけるのは球団も同じだった。鍬原がドラフト指名された年に、GM兼編成本部長に就任したのが鹿取義隆氏だ。鹿取氏が金の卵に渡したのが“TEN YEARS DIARY”と表紙に書かれた1冊の日記だった。それには10年分の日付が記されており、1ページ中に2018年1月1日、2019年1月1日といった具合に、2027年の1月1日までの10年分が記載できるというもの。後にも先にも日記を渡されたのは鍬原だけだった。
「些細なことも全部書いていましたね。長々と書かないですよ。日記程度なので。今日はこういう感じで投げられたとか、こんなことをしたら良かったとか、逆に悪かったとか。試合でこんなイメージで投げたら良かったっていうのを書いていましたね」。1年目の春季キャンプからシーズンが終わるまで、必ずその日の感覚や練習内容などを記してきた。
後悔が残る現役生活「だったら今のうちやっとけよって…」
しかし、それは長くは続かなかった。「自主トレでハワイに行ったんですけど、“10年日記”を持っていくのを忘れてしまったんです。そこで途切れてしまいました」。それが現役を引退する時の後悔につながるとも知らず、1年目のオフを迎えた頃に“10年日記”を書くことをやめてしまった。
「人間って1週間のうち7割は忘れるらしいんですよ。ということは1週間前にひらめいたことを1週間後には忘れてる可能性があるんです。だったら絶対にその日気づいたことや思ったことを書いておけば、1週間前の自分とは違うから、成長できているわけじゃないですか。やっぱり“10年日記”ってやっておけばよかったなって思いますね……」
戦力外を受けてから引退を決断するまでの間、現役生活を振り返ると後悔ばかりだった。「あの時やっとけばよかったって、絶対にそうなることはわかっていました。だったら今のうちやっとけよって思いましたね。それができる人が多分1軍で結果を残したりすると思うんですよ。僕はできなかったから1軍でずっと活躍はできなかったし。プロも7年で終わっちゃったって感じです」。その表情からは後悔が滲み出る。
セカンドキャリアはソフトバンクの1軍担当の広報に決まった。日記ではなく、手帳と睨めっこをしながらスケジュールの管理に追われる毎日を過ごすことになる。後悔を残した“10年日記”は今でも実家に大切に保管している。
(飯田航平 / Kohei Iida)