菅野智之、追いかける伝説のCY賞右腕 垣間見える共通理念「よく観察していました」【マイ・メジャー・ノート】

オリオールズ・菅野智之【写真:Getty Images】
オリオールズ・菅野智之【写真:Getty Images】

“菅野少年”が憧れた上原浩治と松坂大輔

 オリオールズ・菅野智之投手は前回20日(日本時間21日)の敵地ヤンキース戦で、今季最短の4回途中(3回2/3)で降板。6勝目はならなかった。敗因は、これまでなかった初回の立ち上がりに先頭から2者連続四球を出すなど制球の精度を欠いたこと。優位なカウントを作り多彩な球種を駆使して打ち取る持ち味を十分に発揮できなかった菅野だが、ここまでの15登板のほとんどで遂行してきた長くマウンドに留まる投球は誰を手本に研磨してきたのか――。単独取材の最後で、熟練右腕は投球理念に着地した。【全4回の4回目】(取材・構成=木崎英夫)

 菅野がここまで語ってきた、鉄の意志を表す「悪い時にいかにゲームを作るか」、イチロー氏との邂逅(かいこう)で再認識した「データを妄信しない感性の重要性」、そして「球速を凌駕する技巧的な投球への分岐点」は、日本で築き上げた“自分の形”を支える3本柱である。では、手本としたのは誰なのだろうか。

 菅野は、間を置かずに2人の名前を挙げた。

「上原さん、松坂さんですね。小学生のときによくテレビで見てました。いつも完投を目指す気迫みたいなものがあって。松坂さんはダイナミックで、上原さんはテンポがよくてポンポンストライクを取っていくっていうね。それは僕にはできなかったんですけど、あの小気味よさには憧れました」

 投球のスタイルは違っても巨人の新鋭・上原浩治と西武の若武者・松坂大輔は、少年の目に鮮やかな姿を映していた。では、メジャーには憧れの存在を見なかったのだろうか。菅野は、太い声になりその投手を引っ張り出した。

「ハラデーです! よく見てましたよ。抜群のコントロールを誇っていたマダックスが好きだったのでは? って、よく聞かれましたけど、正直、ちょっと昔の人すぎて。実は、ほとんど彼が投げている映像を見たことがありません。僕は、黒田(博樹)さんも好きでしたけど、ハラデーは見るというかよく観察してました」

先発完投型の典型、ロイ・ハラデー【写真:Getty Images】
先発完投型の典型、ロイ・ハラデー【写真:Getty Images】

菅野が目標としたのはロイ・ハラデー

 合点がいく名前だった。菅野が信条とする「できる限り長くマウンドに立つ」の意志をメジャーで貫いたのがロイ・ハラデーだった。ブルージェイズとフィリーズでエースとして君臨。2度のサイ・ヤング賞を獲得するなど輝かしい実績を残した。特筆すべきは、一流の先発投手の目安とされる年間200イニング達成の多さだ。6年連続(2006年~2011年)を含め通算8度。完投は5年連続(2007年~2011年)のリーグ最多を含め67試合あり、うち20試合が完封である。今や希少価値となった絵に描いたような先発完投型の右腕だった。

 残念ながらハラデーは不慮の飛行機事故で8年前に40歳で他界したが、現役時代に筆者はこんな言葉を聞いている。「年間35登板するならその全てに6回以上を投げて自責3点以下を目指します」。投手の心のうちに潜り込んでいる“無意識の自己限定”を払いのけ彼はマウンドに立ち続けた。

「シンカーとカッターを軸にして、とにかくゴロをたくさん打たせてアウトを取っていましたよね。それで球数を抑えて終盤まで行くっていうね。あの投球に僕はすごく感心して、いろいろ参考にしようって思って。よく観察してました」

 東海大時代に収得した157キロの速球を捨て、長いイニングを投げ抜き勝利を導く巨人のエースとして培った精神はハラデーの投球理念と通底している。

快晴のシアトルで語った菅野智之【写真:木崎英夫】
快晴のシアトルで語った菅野智之【写真:木崎英夫】

三振への思い「1試合5個くらいが僕的にはいい」

 前回で触れたが、菅野は、昨季のア・リーグ奪三振王でサイ・ヤング賞を手にしたタイガースの左腕タリック・スクルーバルが連発する160キロの剛球を目の当たりにし、自分の現在地を明確にしているが、三振についての一家言を持つ。

「そりゃ僕だって160キロ投げたいっすよ。三振を取れる確率が上がるわけで。だって、フライだろうがゴロだろうが打球が前に飛べばエラーの可能性が出てくる。平凡なフライでも太陽が目に入って落ちる可能性もあるし。振り逃げ以外、三振はノーリスクで1アウトですからやっぱりいいですよ。僕にはそれはできないんで。でも、僅差で流れが相手にいきそうな1アウト一、三塁の状況とかで、つまり、欲しいところで三振を取りにいくことは頭にあります。なので、1試合5個くらいが僕的にはいい。球数とのバランスを考えながら長いイニングを投げて信頼度を高めていくのが大事ですから」

 大谷翔平をメジャーで初めて二刀流として起用したエンゼルスのマイク・ソーシア元監督は、ドジャース一筋でマスクをかぶるリーグ屈指の好捕手だった。その彼に、ピッチングをする上で最も大切なものは何かを聞くと、迷わず出した答えが「3つ。スピード、球の切れ、コントロール。わけても1番はコントロール」だった。同感だ。なぜなら、勝負どころで沈んだ投手たちが残すコメントを思い浮かべればいい——。

「甘く入ってしまった」「絶対に投げてはいけないところにいってしまった」「ボールが高かった」「逆球だった」「もったいなかった」……。投手が悔やむのは球の威力ではなく圧倒的にコントロールの精度である。

「考えたところにきっちり投げて打ち取るのは達成感があって楽しい」。菅野は穏やかに言うと腰を上げた。そして、T-モバイル・パークの天を仰いだ。つられて見上げると、むしろ見られているのはこちらであるかのように青く澄んでいた。

 純真な挑戦者、菅野智之の次回登板は27日(同28日)の本拠地レイズ戦に決まった。全身全霊で4登板ぶりの勝利を目指す。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボール・ジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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