初の打率3割も「何の価値もない」 屈辱にまみれた大舞台…中日名手が初めて覚えた悔しさ

中日で活躍した荒木雅博氏【写真:木村竜也】
中日で活躍した荒木雅博氏【写真:木村竜也】

荒木雅博氏は落合博満監督の下で躍動した

 元中日のリードオフマン・荒木雅博氏(野球評論家)はプロ10年目の2005年にキャリアハイの181安打&42盗塁をマークした。さらに11年目の2006年は打率3割でチームのリーグ制覇に貢献するなど、その存在感は年々際立っていった。星野仙一監督、山田久志監督時代に培ったものを2004年からの落合博満監督体制で完全開花させた形だ。現役時代に3冠王3度の実績を持つオレ流指揮官に対しては、何かを吸収しようと思って積極的に“接近”したという。

 プロ10年目の荒木氏は145試合に出場(146試合制)、打率.291、2本塁打、41打点。181安打と42盗塁はキャリアハイ、623打数は年間打数のセ・リーグ新記録など“落合中日”を象徴する「1番・二塁」として活躍した。「あの年は42個走っても、盗塁王を獲れなかったんですよね。(阪神の)赤星(憲広)さんが60個、走っていましたからねぇ」と苦笑したが、オールスターに初出場を果たし、ベストナイン、ゴールデン・グラブ賞も2年連続で受賞した。

 それで納得することはない。「レギュラーとしてやっていくっていうふうになってきているんで、この場所で止まるわけにはいかない、次は何をやってレベルアップしていこうかと思いましたね。もっとうまくなりたい、もっとうまくなりたい、っていうことで逆に停滞させてしまうことも、たまにあるんですけど、それもひとつの経験。もっとうまくなりたいと思う気持ちは大事ですからね」と常に貪欲に野球と向き合っていった。

 プロ11年目の2006年は5月に右脇腹を痛めて、約1か月、戦線離脱したものの、112試合、打率.300、2本塁打、31打点、30盗塁と数字を残して中日優勝に貢献した。「脇腹は痛かったなぁ。全然打っていなかったんで、メチャクチャ素振りしたんですよ。あれでちょっときたんじゃなかったかなぁ。素振りで痛めてしまうというバカなんですよ」と話したが、それくらい練習を重ねるのが荒木流でもあるのだろう。

「落合さんは『出るのか、出ないのか』、それだけですから。出ると言ったら、足を引きずろうが、何しようが『じゃあ、行け。それがレギュラー』っていう人。僕は怪我をして痛くても我慢はできるので、いつも出ていたんですけど、脇腹はそれまで痛めたことがなかったので、ちょっと怖くて『(出るのは)厳しいです』と言ったんじゃなかったかなぁ。でも脇腹も2回目に痛めた時は『大丈夫です』と言って(試合に)行きましたけどね」

落合監督から「お前は記憶力がなさすぎる」

 そんな落合監督に荒木氏は積極的に近づいていった。「だって3冠王を3回も獲った人とそうはしゃべれないでしょ。どんな考えをしているんだろうなと思ってね。メチャクチャ話をしてもらいました。全部、野球の話。『僕はこう思うんです』とか言ったら『それは違う』とかね」。例えば食事会場には落合監督が来る時間を計算して行くなど、とにかく何かを吸収しようと、じっくり会話するチャンスを狙って動いていたそうだ。

「僕はホームランを打てるバッターじゃないけども、僕みたいにちょこちょこ打てるバッターにも何か共通するものはないかな、と思っていました。落合さんは最初に言ったんですよ。『バッターはみんな一緒。小さいバッターも、大きいバッターも、力のあるバッターも、ないバッターも基本は一緒』って。それなら僕も聞いとかないかんなってなりましたしね」。荒木氏は笑いながら話したが、そんなすべてを自身の技量アップにつなげていったのは言うまでもない。

「なんせ落合さんって、記憶力がハンパなくいいんですよ。何年前の何月とか監督の時もそうだけど、自分の(現役時代の)打席の時も“初球にこういうのが来て”とかね、そんな話もしてくれました。『お前は記憶力がなさすぎる』って言われましたけど、そりゃあ、落合さんに比べたら、僕なんかないですよね」。もっとも、そんなふうに学びながらも最後、苦い経験をしたのが2006年でもあった。

 リーグ優勝を果たしたが、日本シリーズで日本ハムに1勝4敗で敗れた。荒木氏は全試合に「1番・二塁」で出て、ダルビッシュ有投手ら日本ハム投手陣に18打数2安打に封じられた。「新庄(剛志)さんの(現役)最後の年だったんで、そっちに持っていかれたというのもありましたよね。ダルビッシュ、すごかったなぁ。あの日本シリーズで初めて悔しさを覚えたかもしれない。ムチャクチャ悔しかったです」。またやり直した。

「日本シリーズで打てなくて、このままではいかんと……。(レギュラーシーズンで)3割を初めて打ったけど、僕の3割はただの3割。何の価値もないと思いながら練習しました」。元来が練習の虫の荒木氏は落合監督の下でさらに輝きを増していった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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