守備の天才すら「来るなよ、来るなよ」 中日の日本一直前…忘れもしない“恐怖”

元中日の荒木雅博氏は日本Sでの“完全試合”で最後の打球を処理した
2007年の日本シリーズは中日が日本ハムを4勝1敗で下して53年ぶりの日本一に輝いた。11月1日の第5戦(ナゴヤドーム)は1-0、山井大介投手と岩瀬仁紀投手の伝説の完全試合リレーで決着をつけたが、その最後の打球を処理したのが二塁を守っていた荒木雅博氏(野球評論家)だ。「来年以降、どんな場面でも俺のところに(打球が)来ていいから、ここだけはやめてって思っていたんですけどね」など、緊迫の舞台裏を明かした。
荒木氏はプロ11年目の2006年に打率.300で中日の優勝に貢献した。だが、日本ハムとの日本シリーズでは、全試合「1番・二塁」で出場して18打数2安打の打率.111に封じられて盗塁も1、チームは1勝4敗で敗退。「打てなくてムチャクチャ悔しかったです」と言い、その気持ちでオフの練習に取り組んだ。プロ12年目の翌2007年はいわば、そのリベンジの年だった。打順は井端弘和内野手と入れ替わっての「2番・二塁」でスタートし、開幕から9試合連続安打もマークした。
その後、不調にあえぎ、6月には右足内転筋を痛めるなど、苦しい時期もあったが、シーズン後半から調子を取り戻し、113試合、打率.263、1本塁打、25打点。31盗塁で初めて盗塁王のタイトルを獲得した。「プロ野球で唯一、獲りたいタイトルでしたけど、あの時は(阪神の)赤星(憲広)さんが怪我をされたんで、自分で取った感じがなかったです」というが、存在感は示した。チームはレギュラーシーズン2位からクライマックスシリーズ(CS)を勝ち上がった。
日本シリーズの相手は前年に敗れた日本ハム。結果的にやり返すチャンスが訪れ、見事に4勝1敗で制し、53年ぶりの日本一を達成した。荒木氏も全試合「1番・二塁」で20打数7安打の打率.350、4盗塁をマークし、1年前の屈辱を晴らした。なかでも第5戦のラストシーンは緊迫感満点だった。8回まで山井がパーフェクトに抑え、9回を守護神・岩瀬がそのまま打者3人で締めた伝説の完全試合リレーで決着。その最後の打球を処理した。
9回2死、日本ハム・小谷野栄一内野手が放った打球は二塁ベース寄りの難しいゴロ。それを荒木氏が捕球して一塁へジャンピングスローでアウトにしてゲームセットだ。名手のさすがのプレーだったが「あの時、“絶対飛んでくるなよ”って思っていたんですよ。“来るなよ、来るなよ、でも、こう思ったら俺のところに来るんだよなぁ、いや、でも……”なんて考えていたら、来たんで『うわっ、来た』って追いかけていったんです。これ本音ですよ」という。
守備の名手ですら「“来い”と思えなかった」
「よく、絶対来いよと思って守っとけ、って言うじゃないですか。そう思っているからみんなミスしないんだって……。心の強い人はそれでいいと思いますよ。でも、あの時はそんな気持ちになれなかったですね。“来い”って思えなかった。来年以降、どんな場面でも俺のところに来ていいから、ここだけはやめてと思っていました。シーズン中だったら完全試合で守ることは別に嫌じゃないですよ。それが日本シリーズの最後でしたからねぇ」
しかも簡単ではない打球が来た。「難しかったですねぇ。足が合わなかったというのもあるけども、何でもいいからアウトになってくれ、と思って……。緊張もあるんでしょうね。ちゃんと握れなくて(送球は)ぴょんって放しただけですね。だいたい、あの辺にいっとけばいいだろうって感じです」。それを一塁手のタイロン・ウッズ内野手が懸命に体を伸ばして捕球した。
「投げた瞬間、そんなに上には行かないってわかっていたから、(捕るときに)ジャンプはするなよ、頼む、ウッズ、我慢して、我慢して、我慢してぇ……ヨッシャー、やったぁって、感じでしたね」。もしもウッズがジャンプして捕球していたら「セーフだったでしょうね」という。そんなギリギリのプレーでの決着だった。そして「あそこで岩瀬さんがよく抑えましたよね、3人でね」と改めて守護神の凄さにうなった。
山井から岩瀬にスイッチした時はナゴヤドーム全体がどよめいたが、その時はどうだったのか。「ピッチャーがどうこうって考えられる余裕ってなかったです。1-0だし、完全試合だし、おー、岩瀬さん、出てきたなって感じでした。その時はもうなんとか抑えないと、ということしかなかったのでね。これがシーズン中だったら、代わるんだなぁとか、そういう感情は出ていたんでしょうけど、それどころじゃなかったです」。
中日の3勝1敗で迎えた第5戦だったが「僕はあの時(第5戦を落として第6戦からの)北海道に持って帰られたら(シリーズも)負けると思いました。もう取れる時に取らないと、ってね。だって、53年ぶりの日本一ですもん」と話す。「ピッチャー(山井)の血マメがとか後から聞いたけど、その辺はよくわからないです。後になって選手の間でも“あそこは岩瀬でしょ”って言う人が多かったけど、本当のところ、あの時はみんなも、そこまで考えていなかったんじゃないですかねぇ」。
完全試合リレーで決着した伝説の日本シリーズ、プロ12年目でつかんだ日本一。難しい当たりの二ゴロを処理したラストの瞬間は、荒木氏にとって忘れられないものだろう。「来るなよ、来るなよ」など短い時間にいろんなことが頭を駆け巡った。「やっぱ、すごいガーッとまわりましたよね。同時に2つか3つ考えていたのかもしれないですね」と振り返りながら、笑みを浮かべた。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)