ダルビッシュが挑む“魔球”の完全蘇生 メジャー日本投手最多勝利へのキーワード【マイ・メジャー・ノート】

ナショナルズ戦に登板したパドレス・ダルビッシュ有【写真:ロイター】
ナショナルズ戦に登板したパドレス・ダルビッシュ有【写真:ロイター】

復帰後最長の5回も…「あんまりいい感じではなかった」

 19日(日本時間20日)のワシントンDCはどんよりとした雲に覆われていた。一瞬、日差しが差し込んだ直後、耳をつんざく雷鳴が轟いた――。

 右肘炎症などのため開幕前から負傷者リスト(IL)入りしていたパドレス・ダルビッシュ有投手の復帰3試合目の登板は、悪天候のため1時間5分遅れの午後7時50分の開始となった。

 対したのは5連敗中のナショナルズ。初回、先頭のエイブラムズが初球を強振したが、外寄り直球にタイミングが合わず、ボテボテのゴロ。猛ダッシュしたダルビッシュは素手でつかみ間一髪のアウトを取ると、後続を見逃し三振とニゴロに仕留め3者凡退で終える上々の滑り出しだった。4回まで2失点に抑えていたが、2-2の同点で迎えた5回1死一、三塁から不運な緩い当たりのゴロで勝ち越しを許した。ダルビッシュは2敗目を喫したが、復帰後最長イニングを投げてシルト監督と握手。69球で降板した。

 試合後、開口一番で発したのは反省の弁だった。

「真っすぐとか、大事なところで真ん中にいっていた。アウトを取れていても、ラッキーな部分がすごくあった。結果以上に僕としてはあんまりいい感じではなかった」

 のっけの難しい打球処理から見て取れた体の切れを本人も感じていた。だが、足りないものがあった――。

「ちょっと今日はダメでしたね、自分の中では。体は動いてましたけど、あんまりパワーを感じられなかった」

ダイヤモンドバックス戦で復帰登板となったダルビッシュ有【写真:ロイター】
ダイヤモンドバックス戦で復帰登板となったダルビッシュ有【写真:ロイター】

激減したツーシーム…登板前に練習しないワケ

“パワー不足”を象徴していたのは、前回登板で効果を発揮したツーシームだった。復帰2登板目となった12日(同13日)の本拠地フィリーズ戦では、1人の打者に4球続けるなど全83球で約34%の28球を投げ、交代する5回にその日最速の96.8マイル(約156キロ)のそれで強打のシュワバーを見逃し三振に斬った。一方、この日は投じた69球で配したのは9球だった。

 ダルビッシュらしく、囲みの際にはツーシームの分析を終え効果的に使えなかった理由を説明した。

「(ボールの)ムーブメント的にちゃんと動いてなかった。13インチ(約33センチ)であったりとか15インチ(約38センチ)とかあんまりなかったのと、ハードコンタクトをされたっていうのもありましたし。だから前回ほどは使わなかったという感じですね」

 ツーシームは登板間のブルペンでほぼ練習をしないとダルビッシュは言う。理由は「試合にならないと曲がってくれないので投げてても面白くない」。思い切り腕を振り、左打者の内角を狙うため、ぶつける危険性をはらむこの球は、本番と同じリスク覚悟の気持ちをブルペンでは作れないという繊細な球であることが分かる。

 前回登板では、球界屈指のフィリーズの左の強打者ハーパーへのツーシームを例に挙げ、課題点を明確にしていた。

「まだちょっと(ボールを)持ち過ぎている部分がある。それを意識しようとすると、ハーパーに出したフォアボールみたいにこっち(外角)にバーンと抜けてしまう。そこがもうちょっとというとこですね」

 打者のバランスを崩し、バットの芯を外すいわゆる“動くボール”――ツーシームがいいときのダルビッシュが無双状態となる登板を筆者は幾度となく見てきた。左打者の内角ボールゾーンからストライクゾーンへと沈みながら描く軌道はまさに芸術だ。打者にストレートと思わせて沈むその変化の幅をしっかりと出すためには、本人が説述するように、リリースで力をしっかり指先に伝えられなければ精度は上がらない。

 付言すると、ダルビッシュはこの球の投げ方に、日本での“通論”とは異なる見解を持っている。

「ツーシームは投げ方がフォーシムとはちょっと違うので。体の使い方も違うし。それと、気持ちを入れ過ぎると(体が開き)肘が下がると言う人がいるけれど、僕はあまり感じていないというか、変化するかどうかというのは、シームがちゃんと回転しているかに依存すると思うので。いいリリースポイントさえ分かれば別に肘が下がろうが腕が上がろうが、どっちでもいい」

次戦は25日カージナルス戦…日米最多204勝目を懸けたマウンド

 この日、引っかけ気味だったスライダーも課題として挙げる一方、復帰2登板では本来の縦回転を出せていなかったカーブは最遅速度69.2マイル(約111キロ)を計測。平均落差70インチ(約178センチ)の変化量を記録し、スプリットにも好感触を得た。

 ストレート、ツーシーム、カッター、スライダー、スイーパー、スプリット、カーブ、ナックルカーブ。8球種を散りばめ、復帰後最長の5回を投げ3失点と、内容的には上昇の兆しが見える。だが、心的な余裕はないと言う。

 この夏場からプレーオフをにらんで徐々に仕上げていくのか、という問いに右腕は敏感に反応した。

「いやいや、もう今に懸けてますよ、もう。きょうで100%でいきたいと思って投げてますし、そんなゆっくりゆっくりっていうふうにはまったく考えてないです」

 7日(同8日)の復帰初登板後、「諦めたことも何回もあった。医学的にちょっと難しいんじゃないかというところではあった」と、右肘の状態が深刻だったと明かしている。持ち球すべての感覚はまだ本来のものではないが、マウンドに立つ38歳の魂の所在は変らない。

 次回登板は24日(同25日)、敵地でのカージナルス戦に決まった。ダルビッシュ有は、黒田茂樹氏を抜く日本投手最多の日米通算204勝目を今季初勝利で取りにいく。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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