山本由伸が流した涙に深い理由 微熱に鼻声…疲労困憊で投げ切った、魂の34球

山本由伸「すごい1日になりましたし、また1つレベルが上がったような感じがします」
【MLB】ドジャース 5ー4 Bジェイズ(日本時間2日・トロント)
24時間前、同じ場所でかけた“プレッシャー”を自分で乗り越えた。ドジャースの山本由伸投手が1日(日本時間2日)、敵地で行われたブルージェイズとのワールドシリーズ第7戦に6番手として救援登板。2回2/3を無失点に封じ、今シリーズ3勝目を挙げて胴上げ投手となった。今世紀初のワールドシリーズ連覇に導き、MVPに選出された。
第2戦で9回完投勝利をマーク。前日に行われた第6戦では6回96球1失点の好投で、シリーズを3勝3敗のタイに戻し、第7戦に望みを繋いだ。試合後の会見では「明日プレーする選手は大変だと思います(笑)」とジョークを炸裂させてから引き上げた。
結果的に自身を“引き締める”言葉になった。そこから24時間後、ふと尋ねてみると「いやいや、大変ですよ(笑)。でも、やりきったので、今までに感じたことがない喜びがあります。今後の自分の成長というか……。そんなもんじゃないですけど。すごい1日になりましたし、また1つレベルが上がったような感じがします」と充実の表情で振り返った。
疲労困憊のコンディションではあった。前日は深夜2時まで念入りに治療を受け、午前4時過ぎにようやく就寝。「昨日を投げ終わって、最終登板だと思っていたので。ずっと練習を教わっている矢田先生に『1年間ありがとうございました』と伝えたんですけど……。帰ってから治療してもらって、今日も起きてこっちに来る前にホテルで治療を。練習をしてみたらすごく感覚が良くて……。なんか、気づいたらマウンドにいました(笑)」。本当は微熱があり、鼻声だったことも周囲に隠し通した1日。短い睡眠時間、1度は切れた闘争心を一気に引き戻し、見事に大仕事をやってのけた。
万全ではなかった。5回にスネルと一緒にベンチを飛び出して、ブルペンへ移動。「(肩を)作り始めた時、まだ投げられるという確信がなくて……体調的にも。もちろん、投球はできますけど、第7戦という試合で、絶対に落とせなかったので、その責任もありました。迷いというか、そういったものがあったんですけど(体が)温まっていくうちに『いけるぞ』というところまで持っていけたので『いける』と伝えました。やりきったなという感じです」。MVP表彰の直前、フラフラの状態で壇上に座り込んだ。いつも隣で奮闘してくれる園田通訳が、支えてくれた。
園田通訳には、山本の登板時に履く「勝負パンツ」がある。これまでに山本も、その存在を知っていた。この日は“連日”履いていたのだが「試合が終わるまで知らなかったです(笑)。プレーするのは僕ですけれど、サポートしてくださるみなさんが、そういった姿勢でサポートしてくださっているので、今日みたいなプレーに繋がったり、今シーズンのプレーに繋がったと思う。本当に感謝しています」。どこまでも気遣いの男は、仲間達を大切にする。

記憶が飛ぶほどの疲労…園田通訳に尋ねた「最後、何を投げましたっけ?」
表彰式の後には、普段からお世話になるメディア陣にも声をかけた。「一緒に撮りましょう!」。記念撮影後、握手を交わすと「今年も1年間、ありがとうございました!」。素朴な笑顔で周囲に感謝を伝える。自然体を貫くのはマウンドだけではない。
「ドジャースがワールドチャンピオンになって(最後を)締めくくることができて、すごくやりきったなという達成感と喜びを感じています。全員が(力を)出し切った。僕は2日連続で投げましたけど、他の選手もコンディションぎりぎりでも、できることを全部やった。気持ちが1つになった結果だと思います」
今シリーズは7試合で4度も肩を作った。登板した3試合全てで勝ち投手になり、MVPを受賞したが「限界を超えたという感覚はないですね」と爽やかに笑う。魂の34球目に選んだのは「スプリット」。併殺を奪ってゲームセットに持ち込んだが、園田通訳に「最後、何を投げましたっけ?」と聞くほど、記憶が飛んでいた。
メジャー移籍から2年連続でワールドシリーズを制覇。今季は完全に“主役の座”を掴んだ。「涙が出ましたね。すごく久しぶりに溢れ出てきました」。数年前、尋ねたことをふと思い出した。「なんでなのか全くわからないんですけど……。僕、映画とかドラマを見ても全然泣けないんです。心のどこかで『作り話だもんな』と思ってしまうんです」。ドラマチックに流した勲章は、ノンフィクション。誰もが描けない結末を、最後の最後まで綺麗に描き切った。
(真柴健 / Ken Mashiba)