激怒させた落合博満に「土下座して謝りたい」 煽りが招いた失態「大変失礼なこと」

元広島・達川光男氏【写真:山口真司】 
元広島・達川光男氏【写真:山口真司】 

“ささやき戦術”で失敗談…大杉に「石コロ」→衝撃弾

 元広島の達川光男氏はマスク越しの巧みな“ささやき戦術”でも知られる。相手打者にしてみれば、それで集中力がそがれるようなこともあったのだろう。大洋(現DeNA)がチーム全体で“達川完全無視作戦”を実行したほどだ。その一方で“ささやき”が思わぬ方向に行ってしまったこともあるという。ある試合では中日の主砲・落合博満内野手を大激怒させたことも。「本当に失礼なことを言ってしまった。今でも土下座して謝りたいくらいですよ」と話した。

 達川氏の“ささやき戦術”は、ブツブツつぶやく独り言や、「初球から振ってくるぞ、気をつけろよ」などの投手へのハッパも含まれているが、相手打者にしてみれば、リズムを狂わされたり、かんに障ったり、思わず平静を保てなくなることも多々あったようだ。そこで起きたのが大洋の“達川無視作戦”だった。「あれはね、(当時大洋外野手の)加藤博一さんがミーティングで言ったらしいですよ。『達からは何を言われても無視しよう』ってね」。

 これには、さすがの達川氏も面食らったそうだ。「全員、挨拶もしないんですよ。私が『挨拶もできないの』と声をかけても誰も何にも言わないんですから……」。中堅、ベテラン選手はもちろん、若い選手まで、それは徹底されていた。「それで、その日の試合は負けたんですよ。次の日、加藤さんは『いつも達には若い子が翻弄されていたからね。参ったか』って。『加藤さん、すみません。参りました』と言いました」。

 4歳年上の加藤氏とは古くからのつきあい。「加藤さんが阪神(在籍)の時からよく話をしていましたからね」。“無視作戦”は、そんな関係もあってのことだったかもしれないが、そんな“ささやき術”が裏目にハマったこともある。よく知られているのはヤクルト・大杉勝男内野手を「石コロ」と言ったとされる一件だ。もっとも、それは打者への“ささやき”ではなく、制球が定まらない津田恒実投手を落ち着かせるために発した言葉だった。

「スコアラーの報告で大杉さんは絶好調だから一塁が空いている時は歩かせていいとなっていた」。その資料に書かれてあったのが「石コロ」。出塁させても盗塁の心配はないという意味で当時、ミーティングで使っていたそうだが、それを思わず口にしてしまったという。「津田に石コロ、石コロと言いました。歩かせていいよということでね。そしたら大杉さんが『石コロって何だ』って怒って、次のインハイの球を大根斬りでホームラン。打たれてしまったんです」。

3冠王・落合にボソリ…「変な駆け引きはしないでくださいよ」

 熱血漢の大杉をかえって奮い立たせてしまったわけだが、さらには中日の主砲・落合を怒らせてしまったこともある。浜松で行われた中日戦でのことだ。これは達川氏の口が過ぎたという。「落合さんがストライク判定でアンパイアに『1センチは外れているな』とか言ったのを聞いて『3回も3冠王を取る人がストライク、ボールのことで……。そんなに打ちたいんですか。変な駆け引きはしないでくださいよ』と言ってしまったんですよ」。

 この言葉にオレ流・落合が激怒して声を荒げた。常に冷静沈着、めったなことでは怒らないだけに、珍しいシーンでもあった。達川氏は自身の非を認める。「落合さんに『何ぃ』って言われましたけど、そりゃあ怒りますよね。私が大変失礼なことを言ったわけですから。今でも、100回は土下座して謝りたいくらいですよ」と口にするほどで、ささやきの大失敗例として反省し、教訓にもしたようだ。

 そんな浜松の件も落合氏は尾を引くことはなく、普通に接してくれたという。それどころか「落合さんは“自分と闘うのは二流、相手と闘うのは一流、自分と相手と、そして数字と闘うのが超一流というか、一人前”というような考えを持っておられた。あの人は狙った獲物は逃さない。それも勉強になりましたよ」と話した。

「落合さんが4打数4安打した試合で、最後の打席に『もう勘弁してくださいよ』と言ったこともありました。すごい大量リードをされていて、若い子の初登板かなんかだったんだけど『打てる時に打っとかなきゃ、3つ(3冠王)は取れないんだよ』って言われました。すごい人だと思いました。3冠を取る人って、このぐらいの感じでいかないといけないんだなってね。私の野球観もちょっと変わりましたよ」。

 落合氏が中日GM時代の2014年シーズンから達川氏は2年間、中日バッテリーコーチも務めた。そこでもまた、いろいろ学ぶことが多かったのは言うまでもない。現役時代のマスク越しの“ささやき術”では、この他にも様々な出来事があったことだろう。加藤氏との縁も、大杉氏との縁も、そして落合氏との縁も含めて、すべてが財産であり、野球人生を形成していく上でも忘れられないものになっている。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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