幻に終わった“巨人・達川光男” 長嶋監督が熱望も…球団代表から打診「広島でやめた方が」

達川光男氏は1991年、広島の逆転優勝に貢献「津田!やったぞ」」
広島の看板捕手・達川光男氏は1992年シーズン限りで現役を引退した。プロ15年目での決断だった。前年(1991年)には広島をリーグ優勝に導く活躍を見せたばかりだったが、西山秀二捕手や瀬戸輝信捕手ら若手への切り替え時期を感じ取り、身を引くようにユニホームを脱いだ。もっとも、この後に他球団で選手として復活する話もあったという。その年のオフ、13年ぶりに長嶋茂雄監督体制になった巨人からの誘いだった。
達川氏の引退前年(1991年)、山本浩二監督率いる広島は5年ぶりのリーグ優勝を成し遂げた。終盤に中日を逆転してのVだった。炎のストッパー・津田恒実投手が病気のため、4月にチームを離脱。誰もが「津田のためにも」「津田さんのためにも」と奮い立ってつかんだ栄冠だった。10月13日の阪神とのダブルヘッダー第2試合(広島)に1-0。佐々岡真司投手と大野豊投手による完封リレーで決めた。
この試合、先発の佐々岡は「1試合目が終わって、2試合目が始まるまでに15分か20分しかないと言われて、コンタクトを入れようと思ったら手が震えて……」と、時間内にどうしても右目に入れることができず、左目だけ入れてマウンドに上がっていた。サインが見づらい状況だったため、事情を知った達川氏は「胸で(サインを)出した」という。そんな思わぬアクシデントもあったなかで、好リードで右腕を支えた。
8回途中からリリーフ登板の大野も絶妙投球。9回は3者三振で締めた。「あの時、最後、大野と抱き合って喜んだけど、あれは優勝した喜びじゃなくて『津田! やったぞ』っていう感じだったんですよ。それは大野もそうだったと思いますよ」。何度もバッテリーを組んだ可愛い後輩である津田投手の顔が思い浮かんだことだろう。西武との日本シリーズは3勝4敗で終わったが、達川氏は全試合にスタメン出場して活躍した。
その1年後に達川氏は現役を引退した。プロ15年目の37歳。この年は100試合に出場して、打率.233、0本塁打、14打点と打撃成績こそ下がっていたものの、捕手力は健在。まだまだ赤ヘルには欠かせない戦力に見えたが、西山、瀬戸ら若手も伸びてきており、将来を見据える球団の世代交代構想も考えた上で、愛着あるカープのユニホームを脱ぐことを選択した。しかも本拠地最終戦の10月4日の巨人戦当日に決断したという。
1992年に引退決意、最後の守りは盟友・大野とともにリリーフカーで登場
4点リードの7回2死から代打で出場し、涙の最終打席はバットが折れての遊ゴロ。そのままマスクを被り、8回は佐々岡とバッテリーを組んで1失点。9回、最後の守りに就く際には守護神・大野とともにリリーフカーに乗って登場し、打者3人を無安打無失点で抑えて、6-3で勝利した。試合後はグラウンドで引退の挨拶も行った。
「本日は雨の中、足元の悪い中、消化ゲームといいながら、こんなにたくさん集まっていただいて、まことにありがとうございます。巨人の藤田監督をはじめ、篠塚会長、その他以下同文ですみません。皆さん、ありがとうございます。来季はカープとともに1位2位を争って頑張ってください。特に篠塚くん、よろしく。そういうことでみなさんありがとうございました」と最後も達川節全開だった。花束贈呈後、球場に達川コールが響き渡る中、広島ナインから胴上げされた。
ところが、そのオフに仰天の現役復帰話が浮上したという。「長嶋さんが来年(1993年シーズン)から(巨人)監督になるという時に、巨人の球団代表から電話があったんです。『君、体はまだ動くか』と聞かれたので『動きます』と言ったら『肩書きはつけないけど兼任コーチみたいな形で巨人に来ないか。(長嶋)監督が君を欲しいって言っているんだけど』って……」。ミスタージャイアンツ、ミスタープロ野球の長嶋氏からの誘いだけに心は揺れ動いたそうだ。
最終的には当時の広島・高橋千年美球団代表から「達川は広島でやめた方がいいんじゃないか」と言われるなどして「わかりました」と了承。大逆転の巨人入りは幻となり、これによって現役生活はカープ一筋で終了となった。達川氏の野球人生はここまでもいくつかの岐路があったが、現役最後の最後にも、ケースによっては、もしかしたらの世界があったわけだ。
1977年ドラフト4位で東洋大から幼少の頃から大ファンだった広島に入団し、1983年のプロ6年目からは正捕手となって赤ヘル投手陣を引っ張り、1984年、1986年、1991年には主力として優勝を経験した。通算成績は1334試合、打率.246、51本塁打、358打点。「もうちょっと頑張った方がよかったかなという後悔の念もありますけどね」と達川氏は話すが、その功績は大きい。オールスターゲーム出場は7回。実力と人気を兼ね備えた捕手として一時代を築いた。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)