松井秀喜氏、長嶋茂雄さんは「一番大きな存在」 告別式では伝えられなかった感謝「心の中で区切りを」

「ミスタージャイアンツ 長嶋茂雄 お別れの会」に出席した松井秀喜氏【写真:小林靖】
「ミスタージャイアンツ 長嶋茂雄 お別れの会」に出席した松井秀喜氏【写真:小林靖】

松井秀喜氏が「お別れの言葉」で伝えた感謝

「ミスタージャイアンツ 長嶋茂雄 お別れの会」が21日、東京ドームで開催され、愛弟子の松井秀喜氏(ヤンキースGM付特別アドバイザー)が「お別れの言葉」を述べた。21日は1992年ドラフト会議で、長嶋さんが4球団競合となった松井氏の交渉権を引き当てた日。お別れの会を終えた松井氏は、「すごい偶然だなと。監督が合わせてくれたんじゃないですか」と振り返った。

 この日のお別れの言葉に臨むにあたり、松井氏は「監督の日々を振り返り、何を教わり、何を学び、自分なりにプレーしてきたのかを考えた」と明かした。「自分の中にすごく大きなものを残してもらった。ただ成長することだけではなく、野球以外の時間もどう野球につながていくか、数年後の自分をどう意識して過ごすか。そういうことを毎日の素振りと2人で過ごす時間のなかで自然と教わってきた気がします」と改めて監督との日々を振り返った。

 続けて、6月3日に長嶋さんが肺炎のため89歳で死去してから、約半年間、心の中で対話を続けてきたと明かし「監督だったらこういう時になんて言うかなと考えるのは自然な思考回路になっています。これからも自分の中に長嶋茂雄がいて、ことあるごとに会話を聞いて答えを導いてほしいな」と、恩師が引退後の人生にも大きな影響を与えていると語った。

 記者から長嶋茂雄さんはどんな存在だったかと聞かれた際は「いろんな側面があると思うんですけど…」と熟考したのち、「小さいときから野球をしてきて、野球人生の中で一番大きな存在で、たくさんのことを授けてくれた。大事なことを伝えてくださったと思います。かけがえのない存在。男同士で愛するという表現はおかしいかもしれませんが、自分が最も愛する人」と恩師に感謝した。

 この日、長嶋さんに数多くの感謝を伝えたのには理由があり、「告別式のときは感謝の気持ちを伝えることができなかった。あと時にそういう言葉を伝えると自分の心からいなくなる気がした。ただ時間が経って、あのドラフトの日からちょうど33年。自分の心の中で区切りをつけないといけない日だと感じ、ありったけの感謝の気持ちを伝えさせていただきました」と胸の内を明かした。

「ミスタージャイアンツ 長嶋茂雄 お別れの会」には巨人のOB・現役や各球団OB、そのほかにも政界、経済界、メディア界、スポーツ界、芸能界など2500~3000人が参列。2階席では応募者の中から選ばれた6000~7000人も見守るなか、松井氏は「お別れの言葉」をソフトバンクの王貞治球団会長、俳優の北大路欣也さんとともに届けていた。

(Full-Count編集部)

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