定時制スタートで掴んだ甲子園　昼間の仕事は遅刻やサボりの常習犯…元阪神ドラ1の“懺悔”

元阪神の中込氏は甲府工の定時制へ…1年後に全日制へ

　甲子園の夢を現実にした。元阪神右腕で「炭火焼肉　伸」（西宮市甲子園7番町）店主の中込伸氏は、1987年春の選抜に山梨県立甲府工のエースとして出場した。高校生活は同校の定時制からスタートし、仕事→練習→学校の日々。1年後の1986年に全日制に入り直しての2度目の1年秋、関東大会に優勝して聖地への切符をつかんだ。中学3年時からお世話になっている甲府工・原初也監督への“恩返し”を成し遂げた。

　小学生時代に体も大きい将来が楽しみな選手として注目されながら、中学時代に遊びの方に夢中になっていた中込氏は、1984年の中3の夏に原監督（当時は同校コーチ）に出会い、熱く説得されて野球の道に“復帰”した。「原さんがいなかったら僕は野球をやっていない」というほどで、甲府工の受験に失敗し、私立の山梨学院に合格していたが、原監督への恩を第一に考えて、1985年は甲府工の定時制に進むことを決意した。

「1年後に試験を受け直して全日制でもう一度、1年からやりましたが、定時制の時は練習にだけ参加していました」。中込氏の武器は何といっても右腕から繰り出す剛速球。原監督もそれに惚れ込んでおり、大事に育てられた。「定時制では、昼は、ガラス屋さんで働くことになり、面倒を見てもらったけど、怪我したら困るからって仕事はやらせてくれなかったんですよ。だから、ずっと座っていた。職人さんたちの仕事を見ていただけでしたね」。

　仕事→練習→学校のスケジュール。「ガラス屋さんでね、ある日、暇すぎて本を読んでいた時、ちょっとガラスに寄りかかっちゃって、バリバリって割れた際に右手の親指のところをブワッと切っちゃった。そしたら、もうえらいこっちゃーって病院に連れていってくれた。いろいろ迷惑をかけたし、本当にお世話になりました。朝は10時から仕事だったのに、12時頃に行ったり、行かなかったりもしたし……」とバツが悪そうにも振り返った。

「練習は（午後）4時くらいから始まって、僕は学校が始まるので5時半くらいまでやって終わり。それを1年間続けました」。そして翌1986年、1年遅れで甲府工の全日制1年となった。木田優夫投手（元巨人、オリックスなど）を擁する日大明誠に山梨大会準々決勝で敗れたその年の夏は控え投手だったが、秋季大会からは背番号1のエース。「原監督を甲子園に連れて行く」を目標に掲げて、早速、力を発揮した。

　秋の山梨大会は決勝で久慈照嘉内野手（元阪神、中日）がいた東海大甲府に敗れたが、山梨2位で出場した関東大会では優勝した。準々決勝は常総学院・島田直也投手（元日本ハム、横浜など）との対決になったが、延長11回2-0で勝利。準決勝は国学院栃木に延長10回4-3でサヨナラ勝ちと接戦を制し、決勝は東海大甲府に4-2で雪辱した。「覚えているのは、山梨大会で“ちっちゃいの”に負けて、関東大会で“ちっちゃいの”に勝ったことくらいですけどね」。

強豪相手に失点重ね「途中で諦めちゃいました」

　中込氏が親しみを込めて“ちっちゃいの”というのは、後に阪神で同僚になり、同い年で高校時代はライバル関係にあった169センチと小柄な名選手・久慈氏のことだ。関東大会決勝は10安打を許しながらの2失点完投でのV。「粘り強く投げましたよ。これまでは、いつも東海大甲府に負けていましたからね」。1番遊撃の久慈氏には、その試合も2安打されたが「“ちっちゃいの”はストライクゾーンも小さいから投げづらかったんですよ」と笑みを浮かべながら懐かしそうに話した。

　この関東大会の結果で翌1987年の春の選抜切符も獲得できた。恩師である原監督に甲子園をプレゼントできて、うれしかったのは言うまでもない。初体験の聖地でも「大きいグラウンドだなって思ったけど、特に緊張したとかはなかったですよ」と思う存分、投げた。1回戦は松山北を6-1で退け、2回戦は明野に2-1で逆転勝ち。いずれも中込氏は完投したが、この大会でも意識していたのは、関東大会準優勝で選抜出場のライバル・東海大甲府だったという。

「“ちっちゃいの”がいるところも勝ち上がっていましたからね。ウチの監督も『できたら山梨同士、決勝で当たりたいな』と言っていましたし、東海大甲府が勝っている間は、負けられないな、みたいに、みんながなっていたんですよ」。だが、甲府工は準々決勝で池田に0-9で敗戦。一方、東海大甲府はPL学園に敗れたものの、準決勝まで進んで、この“甲子園対決”は甲府工の”負け”となってしまった。

「池田戦は僕が途中で諦めちゃいました。もう無理ってね。5回までに6点取られたのかな。連投だったし、肘（の状態）も悪かったんでしょうね。山梨からマッサージの先生に来てもらって投げていたけど、やっぱり疲れもあったと思う。点を取られて、もういいや、もういいでしょうってなっちゃったんですよ」と中込氏は唇を噛んだ。そして「また“ちっちゃいの”のところに負けた形で、何か気ぃ悪かったですけどね」と悔しそうに話した。

　その上で「まぁ、それでも甲子園には出られましたからね。監督を連れていくこともできたし、もうそこで僕は完結ですよね。完結」とも口にした。実際、高校時代の甲子園経験はその春だけで終わった。続く1987年夏の甲府工は山梨大会決勝で敗退。立ち塞がったのは、これも運命だったのか、またしても東海大甲府だった。

（山口真司 / Shinji Yamaguchi）