両打ち捕手、カル・ローリーを誕生させた家族の“絆” ダルビッシュも仰天の情報処理能力【マイ・メジャー・ノート】

両打ち捕手のローリーを形成した“家族”のサポート
今夏のホームラン競争でマリナーズのカル・ローリー捕手の名は一躍全国区へと羽ばたいた。父トッドを打撃投手に、弟のトッドJr.を捕手にして挑むと、同イベント前までのシーズン前半戦でメジャートップの38発を放った勢いそのまま頂点に駆け上がり、夢のような一家総出の制覇を成し遂げた。
今季60発を放った恵体豪打の捕手の原点は、マイナーで捕手だった父との少年時代。技術はもちろんのこと、トッドが大切にしたのは野球を通じた人間作りだった。彼と近しい関係者に話を聞くと、今に通じるカル・ローリーが見えてくる。
「他州の強豪チームと戦うトラベルボールでトッドは地元ノース・カロライナの野球チームを率いていましたが、トーナメントの初戦では必ず息子をベンチウォーマーにしました。それでもカルが不平不満を言うことはありませんでした。ただ、チームが勝ち進んでいくと他の親たちからは『息子は出さないのか』の声が強くなるんですよ。カルの実力は誰もが知っていましたから」
“自分の息子だから”の視線を徹底的に遮断した父の横で、息子は決して腐ることなくゲームを俯瞰し刻々と変化する戦況を見つめ仲間を励ました。そのひたむきさはプロになっても変わらない。
球団創設初のワールドシリーズ進出を目指した今季のマリナーズは、ア・リーグ優勝決定シリーズ(ALCS)最終の第7戦でブルージェイズに屈した。25年ぶりの同シリーズ進出を攻守で牽引したローリーは、レギュラーシーズンと変わることなく、要所で1発を放っても「投手陣と野手が点差を守り切ったから勝てた」と言い続けた。
自分だけが脚光を浴びることを嫌うローリーの裏方志向は父の影響だけではない。生来の性格とも関係している。トッドはそれをバスケットボールになぞらえた。「息子は、自分がシュートするのではなく、リバウンドを奪ってパスしそれを仲間がシュートするのを好むタイプなんですよ」。

ダルビッシュ「頭どうなってんのかなって思いますね、本当に」
最優秀選手賞(MVP)や最も傑出した打者に贈られる「ハンク・アーロン賞」を含め5つの栄えある賞を3年連続で獲得したドジャース・大谷翔平の傍らで、ローリーは大輪の花を咲かせた。
今季メジャー最多の60本塁打の道のりは華やかだった。
7月13日(日本時間14日)までのシーズン前半戦で、2001年にバリー・ボンズが記録した「39」本塁打に肉薄する38本を量産すると、同月終わりに1996年にメッツのトッド・ハンドリーが記録した両打ち捕手のシーズン最多本塁打「42」を更新。8月下旬には2021年にロイヤルズのサルバドール・ペレスが樹立した捕手のシーズン最多本塁打記録「48」を塗りかえた。守備では2年連続のゴールドグラブ賞は惜しくも逃したが、捕手としてメジャー最多の159試合すべてに先発出場している。
8月のシアトルだった。登板を終えたパドレスのダルビッシュ有投手に本塁打を量産するローリーについて聞くと、当惑した表情を浮かべた右腕は、幾つもの思いをつなぎ合わせていった。
「頭どうなってんのかなって思いますね、本当に(苦笑)。だってキャッチャーだから、ピッチャーの特徴も分かんないといけない、相手バッターの特徴で配球もして。逆に、相手ピッチャーのことも自分で打つので分からないといけないし。守備もあるし、(盗塁で)セカンドに投げなきゃいけない。フレーミングとかもあるわけで。それと両打ちだし。やることありすぎて、もう本当にキャパが大きくないと処理できないと思うので、すごいことだなと思いますね」
伝説のベーブ・ルースと並び、アメリカン・リーグ史上4人目の60発打者になったローリーだが、黒子に徹し影の力になる捕手業にこの上ない面白味を感じている。データ偏向の時代にあって「感性と機微を大切にしたい」と歯切れよく言うと、言葉を足した。
「データはまさに猫とネズミの追いかけっこ。僕は相手打者を(配球で)欺くことをいつも考えている」
「分析」、「観察」、「洞察」、「記憶」、「判断」――。涵養してきた捕手の“五感”をよすがにローリーはマスクをかぶっている。

信条は「どんな苦境に遭ってもチームを元気に引っ張り頂点に向かう」
ウエスタン・カロライナ大とテネシー大の野球部で12年の指導歴を持つ父トッドから捕手として学び、中学から大学まで主将を務めたローリーは「どんな苦境に遭ってもチームを元気に引っ張り頂点に向かう」の信条を持つだけに、球団の“本気度”を注視している。
今春のキャンプでのことだった。
ビシッとユニホームに身を包んだローリーは、ジェリー・ディポート編成本部長の部屋を訪ねている。聞けば、チームメートの契約年数やトレード条項を把握し傘下のマイナーに所属する若手選手全員の名前も覚えて臨み、退室まで2時間半を費やしている。
ローリーと話をするたびに強く感じるのは、飾らない人柄である。その一端を愛車と出演するCMに見る。今季の開幕間際に6年総額1億500万ドル(約164億円)で契約延長をした直後、中古車から新車に買い換えているが、車種はピックアップトラックだ。また、大手企業数社とのCM契約の他に、工事現場やイベント会場など屋外に設置される仮設トイレ会社のテレビCMにも出演している。
敵地トロントで敗れたALCS最終戦後のロッカーでローリーは涙を流した。責任感と使命感を背負い、功を人に譲る姿勢を崩さずどんな難局を迎えても冷静沈着だった男は、精魂尽き果てるまで戦い抜いた。質実剛健なローリーの謙虚でガッツあふれるプレーが今から待ち遠しい――。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
早稲田大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)