指揮官から「もういいだろう」 高卒4年目に訪れた転機…突如変わった“居場所”

ロッテ前コーチ・大塚明氏、外野コンバートを振り返る
外野へのコンバートが大きな契機となった。ロッテのチーフ打撃コーチ兼走塁コーチを務めた大塚明氏はこのオフ、32年間所属したチームを退団。入団後初めて球界を離れ、来年は外からプロ野球を見守る。ロッテ一筋だったプロ野球人生。現役時代、飛躍のきっかけをつかんだ若手時代を振り返った。
大分の別府羽室台高から1993年ドラフト3位でロッテに入団。高校時代は投手兼外野手だったが、プロでは遊撃手に挑戦した。しかし1年目は2軍で34失策など四苦八苦。2、3年目も苦闘が続き、4年目の1997年に山本功児2軍監督から「もういいだろう。これだけ一生懸命やってショートで成り立たないのだから、もう外野に行け」と外野手への転向を命じられた。
入団時の2軍打撃コーチだった山本氏には「打撃だけじゃなく、いろいろ助言受けました。大変お世話になりました」と感謝する。新人時代から目をかけてくれていた恩師が2軍監督となり、新たに生きる道を模索してくれたのである。
「足も速かったので、守備力が上がれば周りの選手とも遜色なく起用できると思われたのかもしれません。ただ、外野に行っても送球はそんなに良くはなかったです。1年目に肩を壊していましたから。それでも内野手に必要な俊敏な動きはないし、重要なのは“打球勘”。最初は打球勘もないし、下手くそでした。何とか学んでいった感じです」
落下点を飛球が上がった瞬間に把握する打球勘を養うのが1軍への第一歩。後に監督を務める西村徳文コーチらとの特訓が始まった。塁間ほどの短い距離のノック。追いつけるかどうかのギリギリのコースに打たれた球に対し、目を一度切って落下点を予測して全力で走る。振り向きざまにキャッチできればレギュラーに近づくのである。
打球から目を一度切って養った感覚「守備が楽です」
打球から目を一度切るということは、振り向いた際に見失っている可能性もあって勇気がいる。プロでもできない選手が多いという。ただ、目を切って全力で走れば、打球を見ながら背走するより速く落下点に到達できる。
「守備範囲が変わってくるし、視野が広がってきます。とても大きな差が出ます」。目を切って走っても打球に届かないノックを受け続けた日々。「上を向くのもしんどくなって、無心で走っているうちに落下点がイメージできるようになりました。打球勘が備わると守備が楽です」と当時を思い起こした。
こうして少しずつ守備の不安が解消されると、攻撃面にも好影響が出てくる。外野転向1年目は俊足を生かして34盗塁をマークし、イースタン・リーグの盗塁王に。この年に1軍デビューも果たし、プロ初安打もマークした。
6月24日の近鉄戦(千葉マリン)で6回から中堅の守備に入りプロ初出場。プロ初打席も回ってきたが、球界を代表する救援投手の赤堀元之の前に、三振に倒れた。「カーブで3球三振は覚えている。弄ばれた感じでした」。同29日の日本ハム戦(東京ドーム)で下柳剛から放ったプロ初安打よりも強く印象に残った。
当然、1軍の一線級投手のレベルは2軍とは大きく違う。外野手転向で飛躍の足がかりはつかんだものの、1軍定着にはまだ程遠い状況。コーチ兼任だった2010年を含めて17年間の現役生活を送ったが、若手時代は試練の連続だった。
(尾辻剛 / Go Otsuji)