大谷翔平、激動の2025年完結 4度目MVP&ド軍連覇…新たな家族も、見せた“パパの顔”

打っては“リーグ7冠”…6月には二刀流復帰→4度目MVP
激動の1年を走り抜けた。大谷翔平投手はドジャース2年目の今季、シーズンでは3年連続4度目のMVPを獲得。チームとしても2年連続のワールドシリーズ制覇を果たした。有終の美で終結した2025年。フィールド内外で大きな転機を迎えた。
まず、私生活で最大の変化が生まれた。大谷は昨年末、自身のSNSで妻・真美子夫人の妊娠を公表。4月18日(同19日)には第一子となる長女の誕生を報告した。「父親リスト」入りによる欠場も話題を呼んだ。復帰8試合目で“祝砲”を放つと、「寝不足気味でしたけど、心地のいい寝不足というか、幸せな寝不足だったので」と語り、“父・大谷”としての新たな一面が垣間見えた。
今シーズンは“日本凱旋”からスタートした。大谷らの来日は大きな注目を集め、チケットはプラチナ化。注目された中で結果を残すのが大谷だ。開幕戦はマルチ安打、第2戦では1号を放ち、日本中を熱狂させた。シーズン序盤戦はタイムリー欠乏症に陥ったが、5月に大爆発。月間15本塁打、OPS1.180を記録し、通算6度目の月間MVPを受賞した。
そして6月16日(同17日)、大谷の663日ぶりの投手復帰が急きょ発表された。当初は5月頃の復帰を目指していたが後ろ倒しとなり、後半戦以降と見られていた。ところが突如、復帰が決定。実戦を通してのリハビリという異例の形で二刀流が帰ってきた。
オールスターではナ・リーグ最多票の396万票を獲得し、改めて“球界の顔”としての存在を発揮。後半戦開始直後からは球団タイ記録となる5試合連続本塁打と状態を上げた。8月以降は徐々にイニングを増やし、8月27日(同28日)のレッズ戦では5回1失点9奪三振で749日ぶりの勝利を挙げた。大谷自身は「あまり気にしてもしょうがない」と冷静だったが、ベンチで見せた笑顔は何よりも充実感が滲み出ていた。
9月は体調不良で先発を一度スキップしたものの、タイラー・グラスノー投手が背中の張りを訴えると前倒しして“緊急登板”。チームのために、自らを鼓舞した。そして9月16日(同17日)のフィリーズ戦、大谷の真骨頂が顕現した。5回無安打無失点の快投に加え、8回には50号本塁打を放つ離れ業を披露。完全復活を印象付けた。
レギュラーシーズンは自己最多となる55本塁打をマーク。3年連続の本塁打王とはならなかったが、リーグ“7冠”と圧倒的な成績を残した。投手としても14試合に先発登板し、47イニングを投げて1勝1敗、防御率2.87、62奪三振。二刀流として初のポストシーズンに挑むことになった。

伝説となった“10.17”…ポストシーズンでは計8HR、20回1/3で28K
そして初戦となったワイルドカードラウンドで先頭打者アーチを含む2本塁打といきなり大暴れした。地区シリーズ第1戦では自身初のポストシーズンのマウンドへ。6回3失点9奪三振の粘投で初勝利を飾った。もっとも、シリーズ全体では相手の左腕攻めに苦しみ、デーブ・ロバーツ監督からも批判されることもあったが、シリーズ突破を決めた。
ブルワーズとのリーグ優勝決定シリーズでも不発の状態が続いたが、10月17日(同18日)の第4戦で伝説のパフォーマンスを見せる。「1番・投手兼指名打者」で先発出場。初回先頭を四球で出すも3者連続三振で締めると、その直後に先頭打者弾を叩き込んだ。さらに第3打席では469フィート(約142.9メートル)の場外弾をかっ飛ばした。7回途中無失点で降板したその裏、中堅左へ3本目のアーチ。ポストシーズン史上11人目の1試合3本塁打の大暴れ。“たった1試合”の活躍でシリーズMVPに選ばれた。
2年連続のワールドシリーズで相対するは、2023年オフに大谷争奪戦に最後まで加わっていたブルージェイズだった。敵地では打席のたびに大ブーイングが起き「We don’t need you(お前はいらない)」の大合唱。それでも、第1戦でいきなり一発を放って黙らせた。1勝1敗で本拠地に戻っての第3戦。再び伝説を樹立する。
第1打席で二塁打、第2打席で本塁打、第3打席は適時二塁打、そして勝ち越された第4打席では同点アーチと衝撃のパフォーマンス。ワールドシリーズでの1試合4長打は、1906年のフランク・イズベル以来史上2人目の快挙だった。そして同点の9回から、大谷は4打席連続申告敬遠と勝負を避けられる。1試合4敬遠、9出塁はともにポストシーズン新記録。劇的弾で決着がつくと、山本由伸、佐々木朗希ら日本人メンバーで歓喜の輪を作ったのは、今季の名場面の一つでもあった。
延長18回から数時間後、大谷は自身初のワールドシリーズのマウンドに上がった。しかし激闘の色は明らかだった。ゲレーロJr.に2ランを浴びるなど、7回途中4失点で黒星。ドジャースも第4・5戦に連敗し、王手をかけられて再び敵地の大一番に挑んだ。山本の力投もあって勝利すると、中3日で第7戦に登板。しかし、ビシェットに3ランを浴び、珍しく膝に手を当てて肩を落とした。
それでも、自身のバットで2安打3出塁と“もう一つの武器”でチームを鼓舞し、9回1死からロハスが同点弾を放った際は自分のことのように雄叫びを上げた。最後のアウトはベンチで見届け、何度も何度も絶叫した。ポストシーズンでは計8本塁打、投げても20回1/3で2勝1敗、防御率4.43、28奪三振だった。
ワールドシリーズ後にLAで行われた優勝セレモニー。大谷は満員のファンの前で英語でスピーチを行い、最後に「I’m ready to get another ring next year. Let’s go!(来年もう一つのリングを手にする準備はできている。レッツゴー!)」と宣言した。10年契約最初の2年で手にした2つのリング。来季は1998~2000年ヤンキース以来となる3連覇を狙う。
(新井裕貴 / Yuki Arai)