2番へ変更打診も「何が最強だ」 拒み続けた主砲…苦渋の承諾で狂った“歯車”

元近鉄・栗橋茂氏【写真:山口真司】 
元近鉄・栗橋茂氏【写真:山口真司】 

栗橋茂氏はプロ12年目の1985年、開幕から2番で起用された

 元近鉄外野手の栗橋茂氏(藤井寺市・スナック「しゃむすん」経営)はプロ12年目の1985年5月21日の南海戦(大阪)で史上37人目のサイクル安打を達成した。安打、二塁打、本塁打、三塁打の4打席で決めたが、この年は総じて、打撃のリズムがもうひとつだったという。原因は当時の近鉄・岡本伊三美監督の方針で開幕から2番に起用されたこと。「あれから、ちょっとおかしくなったんだよね」と話した。

 1985年の開幕・西武戦(4月6日、西武)で栗橋氏は西武先発・東尾修投手から1号アーチを放つなど、3打数2安打1打点と気を吐いた(試合は近鉄が9-7で勝利)。しかし、そんな結果とは裏腹に、何かしら、しっくりいかないままでのシーズンインだった。4番など主にクリーンアップでチームを支えてきたのが、開幕から2番左翼で起用された。その“立場”に困惑し、自然と打撃のリズムがこれまでとは変わったという。

「ずっと2番は嫌だって言ってきたんだよね。岡本さんは2番最強説だったけど、何が最強だって言ってね。2番は前の年(1984年)から言われていて、(1985年の)キャンプでも言われて嫌だと言って、オープン戦の時も言われて、嫌だと言って、公式戦で受け入れたんだけど、2番という形でいった時から俺、ちょっとおかしくなった。あれから、ちょっとなんか力が入らないようなバッティングになってきたんだよね。何かねぇ……」

 この年の栗橋氏は8犠打を記録した。前年(1984年)、前々年(1983年)は犠打0だったのが一気に増えたが、これも2番だったから。「犠打はサインではないよ。あんなんは全部、自分でやったんだよ。そうしないといけないというか、何かそういう感じでやったんだよね。(1番打者の)大(大石大二郎内野手)が走らないしね。結構、大とは言い合ったよ。『走れよ、お前』って。『打ったらいいんじゃないですか』と言うから『走れよ!』ってね」。

 どれだけ岡本監督に攻撃型の2番と言われても、状況によってはクリーンアップと同じような気持ちでは打席に立てなかった。「大が(一塁走者に)出ていると、俺、結構待ったもんね、走るまで。それで大がなかなか走らないんだけどさ。まぁ、別に大のせいではないけど、何か2番が俺には合わなかったというかね……。2番じゃなかったら、数字もまたちょっと変わっていたんじゃないかと思うんだよね」。

「2番じゃなければ…」合わなかった打順

 そんな中で達成したのが5月21日の南海戦でのサイクル安打だった。南海・山内孝徳投手から1打席目は右安打、2打席目は左二塁打、3打席目は中本塁打、そして4打席目に中三塁打で成し遂げた。「4打席目は狙ったよ。(南海)センターの河埜(敬幸)はうまいから、最後まで(打球を)捕りに行く。最初からクッションを待たれたら3ベースは無理だけど、河埜は捕りにいくから、捕れなければフェンスに当たって跳ね返ってレフト、ライトのカバーが間に合わない。そういう狙いでいった」。

 それが見事に決まった。「結局、河埜が捕れなくて、3ベース。余裕のあるスリーベースだったね」。試合は10-2で近鉄の大勝で栗橋氏は4打数4安打3打点。「4打席とも全部(相手投手が)孝(山内孝徳)からだからね。普通、それだけ打たれれば代わると思うけどね」。その試合の山内孝は先発して7回を投げて、仲根政裕外野手、バンボ・リベラ外野手と栗橋氏に一発を浴びるなど、12安打、8失点という内容だった。

 この年の8月29日のロッテ戦(日生)ではロッテ・石川賢投手からプロ初の満塁弾も放った。「それって確か、(通算)180何本目かくらいなんだよね(通算188号)。それだけホームランを打って満塁ホームランを打っていないヤツはあまりいないって聞いていたんで、ちょっと焦りもあったんだよね。いやぁ、危なかったよ、ホントに」。ちなみに栗橋氏は現役ラストの215号が満塁弾で、通算では2本だった。

 サイクル安打の偉業も、プロ初の満塁弾も、いずれも2番左翼で起用された試合での結果だったが「あれって2番だったんだね」と驚き気味に話すほど、2番では苦しんだイメージの方が強いという。1985年の栗橋氏の成績は打率.267、18本塁打、56打点。「ホームランは20に行かなかったもんなぁ。これだって2番じゃなければ、20は超えていたと思うよ」。

 翌1986年は南海からトレード移籍の新井宏昌外野手が2番に入り、栗橋氏は3番などクリーンアップに戻ったが、1985年の2番起用で少々狂った打撃のリズムは簡単には取り戻せなかった。ここからは怪我も含めての負の流れとも闘いも始まる。「俺って、あの2番からおかしくなったんだよね」と何とも言えない表情だった。

【表】懐かしい名前ばかり…1985年の近鉄開幕スタメン

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