キャンプ負傷→指揮官は激昂 復帰急かされ…全身に広がった痛み、“破壊”された防御率

広島時代の紀藤真琴氏【写真提供:産経新聞社】
広島時代の紀藤真琴氏【写真提供:産経新聞社】

紀藤氏が忘れぬ巨人・槙原から放ったプロ初本塁打

 プロ11年目の1994年に16勝を挙げて赤ヘルの主力投手となった紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、そこから3年連続で2桁勝利をマークした。12年目の1995年はキャンプで右ふくらはぎ肉離れを発症して出遅れ、開幕後も右肘痛で一時離脱しながら、27登板で10勝9敗1セーブ、防御率3.87の成績を残した。この年には巨人・槙原寛己投手からプロ初本塁打も記録したが、打席で“口技”を駆使して放ったものだったという。

 1994年、広島・三村敏之監督1年目シーズンに紀藤氏は先発陣の軸となり、チームトップの16勝を挙げた。中継ぎから先発への転向が大成功しての実力開花で、1995年も首脳陣の期待は大きかった。だが、いきなり躓いてしまった。「キャンプで軸足のふくらはぎを、ヒラメ筋を肉離れしてしまったんですよ。あの時は三村監督に怒られたなぁ。まともにキャンプができませんでしたからね」。

 それでも開幕2戦目(4月8日横浜戦、広島)に先発。この時は谷繁元信捕手に3ランを浴びるなど、5回3失点で敗戦投手になったが、2登板目の14日のヤクルト戦(広島)では8回2/3、3失点でシーズン1勝目を挙げて健在ぶりを見せた。だが、実際は急ピッチで仕上げただけだったという。「とにかく開幕に間に合わせろって言われていたんでね。大変だったんですよ」。かなり無理をしていたそうだ。

 その“反動”はすぐに来た。「ふくらはぎを痛めて、バランスを崩して、今度は右肘に痛みが来たんですよ。足を怪我するとこういうことになるんだなって痛感しましたね」。右肘痛を抱えながらマウンドに上がった4月20日の中日戦(岐阜)は1回0/3、4失点で降板。26日の巨人戦(広島)は2回6失点で敗戦投手になり、状態は悪くなるばかりで1軍から離脱となった。

 結局、4月は1勝2敗、防御率8.64。「8点台って、そんなのもう防御していないですよねぇ」と紀藤氏は苦笑しきりだったが、主力投手として、ここで終わるわけにはいかない。2軍再調整を経て、きっちり巻き返した。5月中旬に1軍へ戻り、5月31日の阪神戦(福井)では2失点完投で2勝目。徐々に調子を取り戻し、勝ち星を積み上げ、防御率も改善していった。

「その年は怪我もあって苦労しましたよね」と振り返るなかで、とりわけ印象深いのはピッチングではなく、バッティングだという。9月17日の巨人戦(広島)で、プロ12年目にして初本塁打。中京高(現・中京大中京)時代には強打の外野手としても注目された紀藤氏は、3回に先制アーチとなる“メモリアル弾”を、同じ愛知県出身で2歳年上、その大府高時代から知る槙原氏からぶちかました。これは巨人バッテリーとの駆け引きで生まれたものでもあったそうだ。

 紀藤氏は笑みを浮かべながら、こう明かす。「(巨人の)キャッチャーは村田(真一)さんで、1球目、パーンと来たんですよ。で、村田さんに『速いですねぇ、やっぱり』と言ったら『バカ、お前、スライダーだぞ』って。『マジっすか、こんなんだったら、絶対ストレートは打てないわ』と言って、ストレートが来て、それでホームランを打ったんですよ。わざとそういうふうに言ってね」。言葉巧みにストレートを誘導し、ドカンと一発を叩き込んだのだ。

広島で活躍した紀藤真琴氏【写真:山口真司】 
広島で活躍した紀藤真琴氏【写真:山口真司】 

負けられなかった原辰徳氏の引退試合、思い出のラストアーチ

「あとで村田さんに『お前、槙が怒っていたぞ』って言われました。確かに怒っていましたね、槙さんは。次に自分が塁に出た時、一塁に牽制ばかりしてきたんですよ。ベースについていても牽制してきましたからね」。高校時代の紀藤氏は、槙原氏の球で初めて150キロを体験したという。凄い投手と尊敬していた相手からプロで放った初アーチ。しかも、そのストレートを捉えたのだから、なおさら格別だったことだろう。

 試合は延長13回の末、3-6で広島が敗戦。紀藤氏は8回3失点で降板し、勝ち負けはつかなかった。ちなみに槙原氏は延長11回まで投げ、3失点でこちらも勝ち負け関係なし。勝利投手は巨人2番手の西山一宇投手で、敗戦投手は2番手で5イニングを投げ、13回に3点を失った佐々岡真司投手だった。そんな激戦のなかでの一発でもあったわけだ。

 1995年10月8日の巨人戦(東京ドーム)で紀藤氏は2年連続で10勝に到達。この試合は巨人・原辰徳内野手の引退試合だった。「今だから話せますけど、偉大な方の引退試合ですから、何とか、っていうのはあるわけですよ。でもこっちも10勝がかかっていたし、そうはいきませんからね。でも、あの原さんの打席の時はすごかったですよ。足を上げた瞬間にカメラのフラッシュでキャッチャーが見えませんでしたから」。

 3-0の7回に、その原から一発を浴びたものの、7回1失点で10勝目を手にした。「原さんに打たれた時の映像を見てもらえば分かりますけど、(捕手の)西山(秀二)はもうサインを出してませんでしたよ。で、低めのストレートをバーンと打たれました。高めだったらファウルだったんでしょうけどね」。終わってみれば、原に通算382号の現役ラストアーチを献上したのも、思い出の一つ。怪我から始まり、苦しんだ12年目シーズンは、いろんなことが詰まった1年でもあった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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