初のハローワークに「ちょっと恥ずかしい」 元プロが“捨てた”プライド、3年後に掴んだ出世

広島や中日、楽天で活躍した紀藤真琴氏【写真:山口真司】
広島や中日、楽天で活躍した紀藤真琴氏【写真:山口真司】

紀藤氏が“第2の故郷”広島で始めた新たな挑戦

 現役時代は広島などで中継ぎでも先発でも活躍した右腕で、引退後は楽天などで投手コーチを務めた紀藤真琴氏は、2025年11月に広島市西区の株式会社EJフィールド代表取締役に就任した。自身の名前が商品名となった釣り竿「マコトに恐縮です」の販売、野球も含めたスポーツ関係のイベント企画なども手がけるなど、60歳になった現在も精力的だ。今の会社との出会いが大きかったが、それは知人のツテではなく、ハローワークからの紹介だったという。

 紀藤氏は2022年7月に、約3年半務めた茨城・水戸啓明高の硬式野球部監督を辞任して、故郷の名古屋ではなく、プロ生活をスタートさせた“第2の故郷”広島に戻った。「お世話になった方が多かったし(1984年から2000年までカープに所属して)やっぱり愛着がある地域ですからね。ちょっと休みたいなぁ、ずっと野球をやってきたからなぁって思いながらね」。

 広島、中日、楽天での現役生活は2005年までの22年、その後も楽天や台湾プロ野球の興農、統一で投手コーチを2013年まで務め、さらに水戸市内で野球教室「紀藤塾」を開校、水戸啓明の野球部監督と、ずっと走り続けてきた。とはいえ、広島で何もしないというわけにもいかない。そこで公共職業安定所「ハローワーク」に行ったという。

「広島の知り合いのところで働くことも考えたんですが、それだと使う方も使いにくいし、働く方もなんか気を使わなければいけないし、お互いにとってあまりよくないかなって思ったんです。それなら知らないところの門を叩くのもいいんじゃないかと」。初めてハローワークに行った時は「『紀藤さん、知り合いがいるでしょ。冗談じゃないですよね』って言われて『いやいや冗談ではここに来ませんよ』って言ったんですけどね」と振り返る。

「まぁ、別にプライドも何もないですし、最初はちょっと恥ずかしいかなと思ったりもしたけど、行ってみると、いろんな話をしてくれて……。何回も行くと、あ、あの人、今日もいるなとか思ったり……。ハローワークで2つの会社を紹介されました。そのうちのひとつが今の会社なんです」。EC販売の物流企業でもある広島市西区のブレーングループ株式会社、その中にある株式会社EJフィールドで働くことになったという。

「本当はハローワークで紹介された、もうひとつの会社が先に決まりそうだったんですよ。そこは本社が東京で、『面接したいので来て下さい』と言われていた。そしたら、今の会社が『その前にウチに遊びに来て下さい』と。それで行ったら、ブレーングループ株式会社の会長さんに『で、いつから働いてくれるんですか』といきなりそんな話になった。それが(2022年の)9月。『ちょっと休みたいと思っているんですけどね』と言ったら『じゃあ11月1日からウチでやりませんか』って」。

オリジナルの釣り竿を開発、代表取締役に就任する大出世

 まさにゼロから再スタートとなったEJフィールドではオリジナルの釣り竿を開発し、紀藤氏の名前からとった「マコトに恐縮です」の商品名でネット販売中だ。「当社ブレーングループの会長が釣り好きなんですよ。で、ロッドを作りましょうとなってね。自分が会議室に入ったらもう(商品の)名前は、すでに「マコトに恐縮です」に決まっていた。『もう名前を決めましたから』と言われて『マコトに遺憾ですね』って話をしたんですけどね」と笑う。

 YouTubeなどでの宣伝もあって、釣り竿「マコトに恐縮です」は大好評。そんな実績も買われて、2025年11月には一気にEJフィールドの代表取締役に就任する大出世を果たした。開発事業、イベント企画・運営事業、タレント事業を柱にして、すでにいろんな構想を持って動き始めているという。「ゴルフのシャフトを考えたりとか、もうちょっと幅を広げて、なおかつYouTubeを絡めながらやっていこうかなと……」。スポーツを通じて人と人を結ぶイベントなどをやっていきたいそうだ。

「(スポーツを)引退した方々の第2の人生に少しでもお役に立てないかなとか、広島地域のために何か貢献できないかな、とか、ファンの方々とも一緒になってイベントができないかなぁと。広島にはカープだけでなく、サッカーはサンフレッチェもある。(プロバスケットボールチームの)ドラゴンフライズもそうですけど、今後、もしよろしければ、そういう人たちとも密に連携をとって、一緒に喜べる何かを作れないかなと思っています」

 プロ野球も外から見る立場であるが、広島、中日、楽天の古巣について「それはもう、どこも頑張ってほしいと思っていますよ」と言いながらも、やはりカープが気になるようだ。「カープが上にいると、地域も活性化して元気になるんでね。今の我々の仕事もそうなってくれた方が盛り上がるんですよ。カープが頑張ってくれないと、こっちもちょっとシュンとなってくるしね。やっぱりカープの試合はテレビで見ちゃいますから」。2024年、2025年と2年連続Bクラスの広島だが、いいところまでいって失速した形であり「そこを何とか打破すれば、いい結果が出ると思いますけどね」とエールも送る。

 少年時代も、中京高時代も、広島でも、中日でも、楽天でも、関わった全てのところで、恩師との出会いが紀藤氏の野球人生を変えていった。先輩、同級生、後輩ら仲間の存在もあって、辛く苦しい時も乗り越えて、さらにジャンプアップしていった。決して楽ではない道のりだったが、いつの時代も力を振り絞ってやり切ったから、次の道が開けた。指導者としてはプロもアマチュアも経験。また、それも次なる道の糧にしている。

 実績からして、今後、再びユニホームの誘いがあっても不思議ではないが「今は思ってもいないですね。しんどいですから」と言って笑うと「それよりも野球に関しては、往年の選手の方々と、本当はこうなんですよ、という本音トークのファンミーティングとかもやってみたいですね」と目を輝かせた。還暦を過ぎても紀藤氏はまだまだ若々しい。それこそ身を粉にして投げまくったカープ中継ぎ時代同様に、EJフィールド社長業務でも“全力投球”あるのみだ。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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