阪神コーチ就任は「一番ない球団」 重荷になった肩書き…批判と向き合った6年間

阪神投手コーチ時代の香田勲男氏(真ん中右)【写真提供:産経新聞社】
阪神投手コーチ時代の香田勲男氏(真ん中右)【写真提供:産経新聞社】

九州文化学園高・香田勲男監督、プロのコーチ時代を振り返る

 ライバル球団での指導は、やりがいはあったものの簡単ではなかった。巨人、近鉄で投手として活躍した香田勲男氏は、九州文化学園高の野球部監督に就任して5年目を迎えている。昨夏の長崎大会は決勝に進出。春夏通じて同校初の甲子園出場まであと一歩に迫った。昨秋の長崎大会もベスト4に進出。指導者として手腕を発揮する香田氏が、プロ野球でのコーチ時代を振り返った。

 36試合に登板したプロ18年目の2001年オフ、余力を残した状態で現役を引退。近鉄で投手コーチとなり、指導者の道を歩み始めた。近鉄で2年間コーチを務めた後、2004年から巨人の投手コーチに就任。8年間の指導で内海哲也や、“風神雷神”で親しまれた山口鉄也、越智大祐らを育成した。

「育てたというのではなく、一緒にやらせてもらった感じです」と控えめながら、2007年からのリーグ3連覇など投手陣を整備した実績は光る。1年間の評論家生活を挟んで2013年から2年間は韓国・斗山で投手コーチを務め「楽しかったですね。細かい日本とは違って米国の野球に近い。ただ選手は兵役があって、かわいそうな部分があります。そういう意味では日本は恵まれています」と振り返った。

 2015年からは阪神で6年間指導。巨人で現役11年、コーチ8年を経験している香田氏のライバル球団への加入は、当時はあまり例を見ない“劇薬”だった。快く思わない阪神ファンも多く「何で“巨人の香田”が阪神のコーチをしてるんだ」という声も耳に入ってきたという。

 金本知憲監督が就任した2016年からは、前年の2軍投手コーチから1軍投手コーチに配置転換。過去2年間で通算2勝だった岩貞祐太を開花させて2桁勝利に導くなど手腕を発揮した。宿命のライバル球団で2軍ではなく1軍、しかもブルペン担当ではなくベンチ担当。難しさはあって当然で「やっぱり阪神は大変でした」と回顧した。

巨人、近鉄で活躍した香田勲男氏【写真:尾辻剛】
巨人、近鉄で活躍した香田勲男氏【写真:尾辻剛】

「阪神のベンチコーチをさせてもらうなんて、まず思ってない」

 大阪では阪神中心の生活を送っている人も多い。マスコミの数も多く、ちょっと話したことが大きく取り上げられることもある。「阪神の恩恵にあずかって生活している人がいっぱいいるから気を使います。言葉も選ばないといけない。いろんな経験になったし、いい勉強になりました」。

 現在は球団間の垣根を超えて指導するケースが増えており「新しい血を入れようと、入れ替わりが激しくなっています。生え抜きとか関係なくなってきている」と指摘する。「パ・リーグもセ・リーグも関係ない。それはトレードでも経験している」と、現役時代の経験も生かして取り組んだのである。

「ああじゃない、こうじゃないという声は必ずあります。そういうのを理解した中で話を受けたんです。金本監督に感謝ですよ。阪神のベンチコーチをさせてもらうなんて、まず思ってないですから。一番ない球団だと思っていましたからね。巨人で選手とコーチをやって、阪神のコーチをするというのはなかなかないでしょう」

 現役生活と同じくコーチ生活も18年。プロでやるべきことをやってきた中で、いつかは故郷の長崎に恩返ししたい思いがあった。その思いが強まる中、阪神のコーチを退任したタイミングで声をかけてくれたのが、高校時代を過ごした佐世保市に校舎がある九州文化学園。1年間、アマチュア野球を勉強した後の2021年12月、香田氏は監督就任を決断した。

(尾辻剛 / Go Otsuji)

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