井端監督からの要望を受けて侍ジャパン宮崎合宿を訪問した
巨人、ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏(ヤンキースGM付特別アドバイザー)が、14日に始まった野球日本代表「侍ジャパン」の宮崎合宿を訪問した。井端弘和監督からの要望に応えたもので、アドバイザーとして参加しているダルビッシュ有投手(パドレス)とともに、ファンからは代表選手たち以上の声援を浴びていた。
「久しぶりだね」
報道陣による囲み取材が始まり、質問者がテレビ局からペン記者へ移るタイミングで、思いがけず松井氏の方から声をかけられ、あたふたしてしまった。
筆者は1998年から夕刊紙の巨人担当を務め、ヤンキース移籍1年目の2003年と翌2004年には、ヤンキースの全試合を取材をさせてもらった。その後も顔を合わせることはあったが、すっかり若返った報道陣の中にいて想定外のタイミングで声をかけられたため、「ごぶっ、さたしています」と動揺してしまった。
この日、松井氏と会話をかわした牧秀悟内野手(DeNA)が「初対面で緊張したのですが、すごく気さくな方で、話しやすく接していただいて、すごくうれしいなと思いました」と感想を語ったように、松井氏は昔から気さくだ。顔見知り記者に対しては、名字に「ちゃん」付けで呼ぶことが多かった。アメリカへ渡ってからはシーズンオフに、報道陣と草野球に興じることもあった。視野が広くて大勢の報道陣に囲まれていても、どこに誰がいるかがよく見えていて気遣いが温かい。
巨人とヤンキースという日米きっての名門球団で主軸を務めた、偉大なレジェンド。それでいて一般社会人に近い感覚を併せ持っている。その“ギャップ”が、この人の一番の魅力ではないかと思う。
牧は「僕が『小さい頃に(石川県能美市の)松井秀喜ベースボールミュージアムに行ったことがあります』と伝えさせていただくと、『本当にーっ?』とおっしゃっていました」と笑った。当代きってのホームランバッターである佐藤輝明内野手(阪神)とは、「『(昨季は)素晴らしいシーズンを送られて、チームとしても優勝されて、おめでとうございます』と伝え、『僕は子どもの頃、タイガースファンだったんだよ』とも話しました」(松井氏)という。他愛もない話題の中に、和やかな雰囲気がうかがえた。
WBCを巡っては現役時代に思わぬバッシングにさらされた過去も…
グラウンド上では胸に侍ジャパンのロゴマーク、左袖に「MATSUI」とネームの入ったジャンパーを着用。「わざわざ用意してくださって恐縮しております。(侍ジャパンは)私にとって初めての経験というか、初めての場所ですが、たくさんの方々とあいさつができてよかったです」と感慨深げだった。しかし、これまで「WBC」や「日本代表」に対しては複雑な思いもあったのではないかと推察する。
松井氏は2006年、王貞治氏(ソフトバンク球団会長)が監督を務める日本代表から第1回WBCへの出場を要請されたが、辞退した。当時はヤンキースで3年を過ごし、新たに4年総額5200万ドル(当時のレートで約61億8800万円)の大型契約を結び直したばかりだった。
ヤンキースに対して途轍もない責任と重圧を背負った背景があったが、もう1人のスーパースターでマリナーズに所属していたイチロー氏(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が出場を表明したこともあって、球界きっての人格者として知られていた松井氏が、思わぬバッシングにさらされたのだった。SNSが普及した現代なら、もっと“炎上”していたかもしれない。
そんな松井氏が侍ジャパンのロゴマークを付けている姿を見るのは、ちょっと感慨深い。松井氏は「高2と高3の時には、ジャパン(高校日本代表)のユニホームを着て海外で試合をしました。その時の気持ちがよみがえってきました」と青春時代を回顧した。
せっかく声をかけてくれた松井氏に対し、筆者も囲み取材中になんとか1つくらい質問しようと、「松井さんと佐藤輝明選手、どんな共通点と違いがありますか?」と聞いてみたが……。松井氏は6秒間も沈黙。一生懸命答えを考えてくれたようだが、「同じ左バッターで、長打を期待されるバッター。共通点、以上です」。準備不足の質問で、ごめん。
松井氏が2012年限りで現役を引退してから、13年間の長い時間が過ぎ去った。その間、ニューヨークに生活拠点を置き、2013年3月に誕生した長男をはじめ、子宝に恵まれたという。もう松井氏が日本球界でユニホームを着ることはないだろうと思ったこともあった。
ところが、恩師の長嶋茂雄氏(元巨人監督)が昨年6月に死去したこともあって、ここにきて松井氏の存在が日本で再びクローズアップされている。今月12日まで3日間は宮崎で、2年ぶりに巨人の臨時コーチを務めていた。いま読売巨人軍の公式サイトを開くと、巨人のシーズンシート新規申し込み受付中の広告で、松井氏が東京ドームの屋根とスタンドを背に微笑む画像がどーんと現れる。また、自身が立ち上げたNPO法人「松井55ベースボールファウンデーション」の少年野球教室は、以前から日米で頻繁に開かれている。
巨人の近い将来の監督候補として、メディアで取り沙汰されることも増えてきた。いや、ひょっとしたら、侍ジャパンを率いることがあってもおかしくないのではないか……。なんだか胸が高鳴ってきた。
(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)