迫る“甲子園の定年”…53歳審判員が諦めぬ夢 夜勤明けに現場直行、「命」と向き合う日々

高校野球の審判を務める松原光春さん【写真:喜岡桜】
高校野球の審判を務める松原光春さん【写真:喜岡桜】

休日は審判員、普段は救急救命士として人命救助にあたる松原光春さん

 高野連のマークが刺繍されたウエアに身を包み、「僕たちだって試合が終われば、ただのおじさんですよ」と笑みを浮かべたのは、香川県で高校野球の審判を務めている松原光春さん。20日から行われている香川県春季大会、3日目の第1試合で選手と交錯する場面があったが、起き上がり、最後まで球審の役目を全うした。

 松原さんは25年前、高松東から甲子園を目指したが、夢を叶えることができなかった。卒業後は消防士になり、朝8時30分から翌日8時30分までの24時間勤務をこなしながら、休みの日には草野球に興じた。

 消防士として働き始めてから8年後、松原さんに転機が訪れた。「その頃、ちょうど高校時代の恩師が、香川県・高野連の理事長をされていました。消防士は、勤務日が1日おきで、休日が一般企業と異なるんです。平日に動けるので夏の大会に行きやすいし、そこまで野球が好きならちょっと審判をやってみないかと声をかけてもらったんです」。

 今度は審判として、恩師と甲子園に立とう。迷いはなかった。26歳のときに総額10万円の防具を自費でそろえた。3月から11月まで、休日になると練習試合で球審を務めた。ストライクとボールの判定、他の審判員とのフォーメーション、しっかり静止して判定しているかなども確認した。「昔は審判の数も多かったし、地方大会の球審をするなら5、6年は下積みですね」。スコアボードに球審として名前が刻まれたときは30歳を超えていた。

試合で球審を務める松原光春さん【写真:喜岡桜】
試合で球審を務める松原光春さん【写真:喜岡桜】

仕事と両立して続けてきた審判員、まだ諦めていない夢「春は55歳なんですよ」

 本業では国家資格に合格し、現在は救急救命士として救急車の中や救急現場で、傷病者に救命処置を行っている。朝8時半に勤務を終え、消防署から球場やグラウンドへ直行。9時の時点で練習試合の審判を務めていることも珍しくない。

「公式戦ではちょっと配慮してもらっていて、夜勤明けは昼からの試合となる2試合目や3試合目に入れてもらっているんです」と松原さん。過去には火災が発生し、他の審判員に代わってもらったこともある。決して容易ではない“両立”を続けてきた。

 それだけ苦労しても、甲子園にはなかなか手が届かない。息子が中学野球を始めた2013年から、高校を卒業するまでの6年間は審判員を控えた。規定にはないが「自分の子どもが野球をしよったら、審判はちょっと……」と言葉を濁した。“暗黙の了解”があるのだろう。この空白の6年がきっかけで審判員を辞める人も多いという。

「僕もね正直、その時にもうやめようかなと思ったんです。甲子園に行けないし、40歳を過ぎて体力的に審判もつらいし、仕事(救急救命士)もハードになってきてついていけないし。やめようかなと思ったんやけど、審判を6年間できてないぶん、審判部のみんなに迷惑をかけているから。動体視力の衰えを感じる日まで頑張ろうと思ったんです」

 53歳になった今も、走行中の車のナンバープレートを読むなど、影の努力を重ねながら審判を続けている。審判員の定年は60歳。松原さんは「甲子園は、夏が50歳までしか出られないんですよ。だからもう無理なんです。でも春は55歳なんですよ」と穏やかな表情で語った。

 夢を叶えるより先に動体視力が落ちれば、潔く身を引く覚悟だ。それまでに母校の悲願でもある聖地に、立つことを願っている。

(喜岡桜 / Sakura Kioka)

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