球宴選出も指揮官が反対 2年目左腕に「出る選手じゃない」…全パ監督は“憤慨”

西武など3球団で活躍した杉本正氏【写真:山口真司】
西武など3球団で活躍した杉本正氏【写真:山口真司】

元西武の杉本氏が振り返るプロ初のオールスターゲーム

 元西武左腕の杉本正氏(野球評論家)は、プロ2年目の1982年にパ・リーグ優勝&日本シリーズ制覇を経験した。この年から西武を率いた広岡達朗監督の“管理野球”によって栄冠をつかんだが、思い出されるのは、監督推薦でオールスターゲーム初出場が決まった時のことだという。「広岡さんに(出場を)“反対”されたんですよ」と苦笑した。

 玄米、豆乳などの推奨……。広岡監督は選手の食生活にまで目を光らせたことでも知られる。杉本氏も「プレーに関しても厳しかったですけど、食事とかもね……」と振り返った。ただし、苦にはならなかったという。「僕は最初、寮にいたので、茶色いご飯が出てきたりしましたが、定められたものに関しては、ちゃんとしましたよ。まだ2年目で広岡監督の指導がプロ野球では当たり前だと思っていたところもあったので、それに対する抵抗感はなかったですね」。

 キャンプ中は、練習休み前日以外は禁酒だったそうだが「僕はお酒が飲めないので、それも別に……」とあっさり。「(エースの)東尾(修)さんとかには(分からないように)『急須にビールを入れて来い』って言われてね。湯のみ茶碗で(ビールを)飲んでおられましたけどね」と笑った杉本氏にとって、プロ2年目で印象深いのは“オールスターゲーム出場問題”だという。

 当時2シーズン制だったパ・リーグの前期は西武が優勝。杉本氏は5勝を挙げて貢献した。その活躍が評価され、監督推薦でオールスターゲーム初出場が決まった。その年の全パを指揮する日本ハム・大沢啓二監督によって選出されたが、これに広岡監督が“ケチ”をつけた。「通常は事前に(推薦する)選手の所属球団監督に“どうですか”って打診があるらしいんですけど、それがなかったみたいで。広岡さんが『杉本はオールスターに出るような選手じゃない』って苦言を呈されたんです」。

 発表済みの決定事項なので覆ることはないのだが、大沢監督の方も黙っていなかった。「大沢さんのところに挨拶に行ったら『お前んとこの監督が、俺が選んだことに文句言っているけど、いいんだよ。俺が決めたんだからって言え!』って」。杉本氏は2人の指揮官の間で板挟み状態になり、さらに大沢監督からは西武球場で行われる球宴第2戦(7月25日)での先発指令を出されたそうだ。

「それで先発までしたら(広岡監督に)何を言われるか分からないので『いや、僕はいいです』と断りましたけどね」。その年の球宴には西武投手陣から、杉本氏以外に東尾修投手と松沼雅之投手の計3人が監督推薦で選ばれており、第2戦は松沼雅が先発することで落ち着いた。杉本氏はその試合の2番手で登板し1回無失点。阪神・岡田彰布内野手と巨人・松本匡史外野手を一ゴロ、巨人・篠塚利夫内野手を三振に仕留めた。

 ところが出番はそれで終わらなかった。大阪球場での第3戦(7月27日)にも8回途中に4番手で登板し2/3を無失点。阪神・掛布雅之内野手に四球を与えたものの、中日のケン・モッカ内野手を三振、巨人・原辰徳内野手を投ゴロに抑えた。西武3投手のなかで唯一の2試合登板だ。「終わってから大沢さんに挨拶に行ったら『お前んのとこのチームで、お前が一番成績がよかったんだから。言っとけ、広岡に。自信持って帰れ!』って言われた覚えがあります」。

日本ハムとのプレーオフに向けて対策「結果は求めない」

 そんなこともあり始まった後半戦だが、後期はその大沢監督が率いる日本ハムが優勝した。その戦いに関して杉本氏は、こんなことも明かした。「後期は途中から日本ハムがダントツで走ったんですよ。僕は日本ハム戦に投げることが結構多かったのですが、西武は(後期を)全然勝てない位置にいたので、プレーオフ用にどう戦略を立てるかってことで、結果は求めないから、今までと違う攻め方で対戦してくれっていう話になったんです」。

 プレーオフで戦う日本ハム対策はその時から始まっていた。「だから余計、打たれたんですよね。まぁ、(シーズン終盤になって)体力もなかったっていうのもあるんですけど、オールスター前の成績とオールスター以降の成績って極端に違いましたね」と杉本氏が話したように、前半は6勝6敗だったが、後半は1勝6敗。最終的に7勝12敗と黒星先行になった裏には、そんな“戦略”も関係したようだ。

 西武は日本ハムとのプレーオフを3勝1敗で制して、1963年以来19年ぶり、所沢移転後は初のリーグ優勝を成し遂げた。「(日本ハム守護神の)江夏(豊)さん対策で(野手陣は)プッシュバントの練習とかもしていましたからね。左打者はショート前にする練習もしていたんですよ」と杉本氏は懐かしそうに振り返る。まさに早くから準備を重ねて掴んだ栄冠でもあったのだ。

「僕は勝てなかったですけどね」と杉本氏はプレーオフ第3戦(10月12日、後楽園)に先発して4回2/3、2失点で負け投手となったものの、それも全力を尽くした結果ではある。西武はこの後の日本シリーズでも中日を4勝2敗で下して日本一に輝く。プロ2年目にして大舞台も経験し、杉本氏のプロ野球人生はステップアップしていった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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