井口資仁氏が得たリトルリーグでの“経験” 野球離れに危機感も…向き合う覚悟と使命

井口資仁氏は小学6年時に「保谷リトル」に入団
日米で活躍したプロとしての“原点”でもあった。NPB、MLBで通算2254安打を誇る井口資仁氏がFull-Countのインタビューに応じ、自身のリトルリーグ時代を回顧した。
「プロ野球選手になりたいという目標を抱えている中で、やっぱり早く硬式球に慣れたいっていうのが一番でした。5、6年の頃からリトルリーグで早くやりたいなという思いはありましたし、硬式でやっている子どもたちのレベルが高いのは分かってたので」
所属していた軟式野球チームの最後の試合を終えると、すぐに小学6年の夏に「保谷リトル」に入団。出場できる最後の大会が開催される中学1年夏までの約1年間という短い期間だったが、プロ野球選手が使用するのと同じ硬式球でプレーした喜びは今でも覚えている。
「ボールやバットが重くなりましたけど、逆に新鮮な気持ちでした。リトルリーグは変化球もあるので、その対応とか、上のレベルに行くための技術や体力が必要だなというのは改めて感じましたね」
硬式球になったことで、芯で打たないと打球を遠くに飛ばすことはできない。「重いボールをどう飛ばしていくのか。しっかり押して飛ばすコツという部分を養えました」。守備では「軟式球はバウンドが全然違うので、1歩目の大事さというのは早いうちから身についていたと思います」。
覚えた柵越えを打つ快感
大会では規格のサイズに合わせた柵が外野エリアに設置される。「小学校とかだとランニングホームランぐらいしかないですけど、リトルリーグだと自分はちょっと力があった方だったので、どこでも入る力はあった。そういう意味でホームランを打つ快感というか、楽しみはありましたね」。柵越えの喜びもリトルリーグならでは。ちなみに井口氏は早い時期から放っていたそうで「どっちかというと中間方向に結構。1試合3本とか普通に打っていました」。得意の逆方向への長打を放つパワーは当時から備わっていたようだ。
現在は少子化に伴い、チーム数も減少している。井口氏は野球教室などに積極的に参加し、野球の魅力拡散に努めている。
「野球をしたいと思う子どもたちがいつでもできる環境は作っていかなくてはいけない。硬式に限らずですけどね。野球の面白さを伝えたり、本当にそういう時でも硬式球を握らせてあげて“これがプロが使っている”とか、メジャーリーグのボールとかも。こんなボールでやっているんだみたいな、そういうことは感じさせてあげたいと思っています」
わずか1年だったが「自分はプロになると思っていた」。リトルリーグでの経験が、日米を股にかけた名選手の礎となった。“本物”の白球を握る日々の積み重ねが、次代のグラウンドで輝く才能を育てていくはずだ。