【独自】パワー全盛のMLBで失われつつある「正しい形」 カージナルスに息づく“職人芸”…盟友が明かす「田口壮」の真価

2006年、カージナルスでプレーしワールドシリーズ制覇に貢献した田口壮氏【写真:アフロ】2006年、カージナルスでプレーしワールドシリーズ制覇に貢献した田口壮氏【写真:アフロ】

「チームの助けに」キム・ヘソンの言葉で浮かんだ田口壮の姿

 ドジャースのキム・ヘソン内野手が、ムーキー・ベッツ内野手の負傷で空いた遊撃の穴を見事に埋めている。ただベッツが戻ってくれば、また競争の日々だ。そんな自身の立場について聞くと「チームの助けになり、欠かせない選手になりたいんです」という決意を話してくれた。聞いているうちに頭に浮かんだのは、この道の先駆者とでもいうべき日本人選手の姿だ。

 20年前の2006年、ワールドシリーズを制したカージナルスには、独特の“立ち位置”でチームでの居場所を築き、地元セントルイスで絶大な人気を誇る日本人選手がいた。2001年のオフ、オリックスからFA宣言し、大リーグに挑戦した田口壮氏だ。2006年は米国で5年目のシーズン。レギュラー休養時の穴を埋め、代打、代走ではチームに勢いを生むプレーを連発し、チャンスでの勝負強さでも知られた。ただその立場は、一朝一夕に生まれたものではない。マイナー落ちを繰り返して強くなっていったところも、今のキム・ヘソンとダブる。ちょうどドジャースのセントルイス遠征で、当時の田口氏を知る人物に会った。

 田口は2002年、3年総額300万ドル(約4億円=当時)の契約でカージナルスに入団。ただ1年目は、メジャーでの出場は19試合に終わった。3Aどころか2Aまで降格し、マイナーリーグの辛酸をなめる日々。この時、3Aメンフィスで田口氏のチームメートだったのが、スタッビー・クラップ氏だ。現在はカージナルスの一塁コーチを務めている。田口氏がカージナルスに残したもの、そしてパワー全盛の現代野球で、田口氏のような選手の生きる道について語ってくれた。

「ソウ(田口)のことは大好きですよ。最初の印象は、静かだけど集中している選手というものでしたね……」

 クラップ氏はカナダ・オンタリオ州の出身。カージナルスでの出場は2001年の23試合にとどまるが、1999年から5シーズンに渡ってプレーした3Aメンフィスでは、主に二塁を守る中心選手だった。3歳年上の田口氏とは、メジャー昇格を目指し切磋琢磨した仲だった。

田口壮氏の印象を語るスタッビー・クラップ氏【写真:羽鳥慶太】田口壮氏の印象を語るスタッビー・クラップ氏【写真:羽鳥慶太】

「付き合いが長くなるにつれ、彼がどんな人間か、そしてカージナルスでメジャーに戻るという目標に対し、どれほど強い志を持っているか分かりました。彼の粘り強さ、もっとうまくなりたいという意志、そして最高レベルでプレーするための姿勢は素晴らしかった。米国の野球は少し日本とスタイルが違います。そこでどのようにプレーすべきかという術を見つけることに、打ち込んでいたんです」

3Aでの盟友はカージナルスのコーチ…田口の変化を目撃「惚れ込みました」

 田口氏はメジャーとマイナーを行き来した2年間、手元で小さく動くメジャー独特のボールの動きに対応しようともがいていた。左翼の絶対的なレギュラーだったオリックスでは考えられなかったことだが、どんな役割でも果たすことでメジャーで生き残ろうとした。

 代打や代走での出場、バントや盗塁、右打ちといった作戦を着実にこなし、当時カージナルスを率いていた通算2902勝の名将・トニー・ラルーサの信頼をつかんでいった。米国3年目の2004年にはメジャーで109試合に出場し、打率.281を残してメジャーにほぼ定着した。なぜこのような変化が生まれたのか。

2006年、カージナルスでプレーした田口壮氏は、監督からのサインを忠実に実行した【写真:アフロ】2006年、カージナルスでプレーした田口壮氏は、監督からのサインを忠実に実行した【写真:アフロ】

「おそらく、彼が相手投手を理解していったからでしょう。相手が自分をどう攻めてくるかを理解し、それに対して素早く適応できたからだと思います。成功し始めた後も、アジャストし続けていたのです。常にスマートなプレーヤーでしたが、メジャーのレベルで結果を出すために、より“賢い”打者になっていったのです」

 チームのために尽くすというスタイルも、新鮮に受け入れられた。クラップ氏は「私は、彼という人間にある意味惚れ込みました。みなさんもご存知のように、彼は親切で、本当にいい人間です。野球に対する取り組み方、彼の目標、熱意というものを理解すればするほど、見ていて楽しかったですね」。2006年には、チームに欠かせないピースとして、ワールドシリーズ制覇に貢献し喜びを味わった。地元ファンから圧倒的に支持される“職人”だった。

 この年134試合に出場しただけでなく、ポストシーズンに入ってからの働きも際立っていた。メッツとのリーグ優勝決定シリーズ第2戦では6-6の9回、抑えのビリー・ワグナーから左翼へ決勝本塁打。タイガースとのワールドシリーズ第4戦では、1点を追う7回無死二塁で代打として打席にたった。ここで田口氏に出たのはバントのサイン。見え見えの場面だったが、きっちり成功させると投手の失策を誘って同点。自らも生き、逆転のホームを踏んだ。

【動画】2006年、田口壮氏がメッツとのリーグ優勝決定シリーズで放った決勝アーチ

 それから20年が経ち、球界の風景はすっかり様変わりした。勝利に必要な要素が、データ取得機器によって可視化されるようになった。打撃で貢献度が高いプレーは、アウトにならず塁に出ることと長打にあるとされる。一発狙いの打撃が増え、田口氏のように野球を感じながら動き、試合の流れを引き込むべくプレーする選手はいなくなってしまったようにも見える。

 ただ、カージナルスの一塁コーチとして守備、走塁を預かるクラップ氏は、今でも田口氏のような選手は必ず必要だという。

パワー全盛時代だからこそ発揮できる…感じて動く“野球選手”の真価

「パワーは今のゲームの大きな要素ですが、走者を出すことも必要です。ソウはその点において優れていました。ストライクゾーンを理解していましたし、塁に出て、チームのためにチャンスをお膳立てするのも大切です。彼の役割は、今の野球でもとても重要です。データや科学的知識が重視される時代で、誰もが数字を好んでいるとはいえ、ソウのような“野球選手”は、今のメジャーでも求められています」

 クラップ氏は、近年のルール変更も、この流れを後押ししていると話す。2023年に導入された牽制回数の制限や、今季取り入れられたABS(機器によるボール・ストライク判定)を利用したチャレンジシステムなどにより、走塁の機会が増えたからだ。「現在はパワーゲームが主流ですが、それでもスモールボールの居場所もあります。特に今年、メジャーでは犠牲バントの機会も増えていると思います。我々もチャンスがあれば、バントを多く仕掛けていますしね」と明かした。

 ただ、紛れもない事実も認める。「現代野球においてはパワーが主流だと思います。本塁打を打てば得点に直結するわけですから」。そう続けたクラップ氏に、カージナルスは伝統的にスピードを生かした走塁や堅守を勝利に結びつけるチームではないのか、と問うと「そうだね」とうなずいた。

メジャー1年目から攻守に活躍を見せるカージナルスのJJ・ウェザーホルト【写真:ロイター】メジャー1年目から攻守に活躍を見せるカージナルスのJJ・ウェザーホルト【写真:ロイター】

「パワーの面でいい結果を残している選手も何人かいますが、我々が頼りにしているのはそこではありません。質の高い打席を送り、ストライクゾーンを管理し、早いカウントから甘い球に対していいスイングをし、2ストライクに追い込まれても、ボールに食らいついてバットに当て、プレーを成立させる。そして塁に出れば積極的に仕掛ける。そして、必要な時に犠打を織り交ぜる。選手たちは正しい野球の形をしています」

 5月2日(日本時間3日)のドジャース戦、カージナルスの「1番・二塁」で起用されたJJ・ウェザーホルト内野手が好守を連発。3-2の勝利に大きく貢献した。連日、基礎練習に付き合ってきたクラップ氏は「彼はキャンプでの課題に集中して取り組み、見事に調整をこなした。仕事への姿勢が素晴らしく、バックハンドや片手での捕球も柔軟に使いこなせるようになってきている。その成果が試合で表れ始めているよ」と満足そうだ。

 かつて田口氏が見せた飽くなき向上心は、現在のカージナルスにも静かに受け継がれている。この先、パワー野球からの“揺り戻し”も考えられるだけに、流れを感じながら一手ずつ先を読んで動く選手たちが、再建に入っているチームを浮上させるはずだ。

(羽鳥慶太 / Keita Hatori)

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