NPBの常識通じぬ“異文化”の刺激 59歳で新たな挑戦…異国で歩む第二の野球人生

今季から台湾プロ野球の審判員に…木内九二生さんが体感する“日台の違い”
2026年シーズンから台湾プロ野球(CPBL)で審判員を務めている木内九二生さん。日本球界で28年間ジャッジを続け、定年まで1年を残して海を渡った59歳の挑戦は、台湾球界でも大きな注目を集めている。
山梨・日本大学明誠高、拓大を経て、社会人野球の大昭和製紙北海道で3年間プレー。その後、アマチュア審判を経験し、1998年にセントラル・リーグ審判部へ入局した。台湾との縁は、2012年のアジアシリーズだった。当時、台湾の審判員たちと交流を深め、その後もNPBのアンパイアスクールなどを通じて関係を築いてきた。そして、第二の野球人生の舞台として選んだのが台湾だった。
「教えるという感覚はありません。台湾の審判は一生懸命で上手な人もいっぱいいる。彼らとともに審判技術だけでなく、人間的にも成長できたらと思っています」
シーズンが開幕して2か月あまり。実際に台湾でジャッジをして、日本との文化や環境の違いを肌で感じている。特に印象的だったのが、台湾球界特有の大音量の応援だ。台湾ではサイン交換機器「ピッチコム」が導入されているが、歓声や音楽が大きく、投手が聞き取りづらそうなしぐさを見せる場面もあるという。「機械で鳴らす音楽は、もう少し音量を下げたほうがいいのかなと感じています」。
さらに、日本との大きな違いとして挙げたのが、試合前の挨拶文化だった。日本では試合開始前、監督と審判団がホームプレート付近でメンバー表交換を行う。ルールブックにも記載されている正式な手順だが、台湾では試合開始45分前までに球団マネジャーが公式記録員にメンバー表を渡し、公式記録員が審判に提出する形式が一般的だ。選手とは打席に入る際や守備に就くときにコミュニケーションがとれているが、監督とは試合終盤まで顔を合わせることなく進んでいく試合もある。
28年間のNPB生活では、その短い時間の中にも監督たちの個性がにじみ出ていた。「日本ハムの新庄(剛志)監督は、相手チームの監督に『強いねー』と言ったり、逆に調子が悪い時は『元気ないね』と声をかけたりしていました」。たった一言のコミュニケーション。そうした何気ないやり取りに、木内さんは野球を円滑に進める空気づくりの大切さを感じている。「試合開始前のメンバー表交換で『こんにちは』と握手してからスタートした方が、よりスムーズに進むのではと感じています」
独学で語学を学び、最低でも3年間は台湾で生活する決意
台湾球界には、日本語が堪能な選手も多い。台湾代表の主将として今年3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に出場した統一ライオンズの陳傑憲(チェン・ジェシェン)外野手は、岡山共生高出身。試合中に気さくに声をかけてきたという。
「『こんにちは。いつまで台湾にいるんですか?』『台湾の野球はどうですか?』と日本語で話しかけてくれました」
通訳をつけず、独学で中国語を学んでいる木内さん。最低でも3年間は台湾で生活したいと考えている。
「台湾での経験を、日本の審判にも伝えたいと思っています。今、世界中で審判になりたい人が減っている。だからこそ、審判の魅力ややりがいを伝えられるように、いろいろな経験をしていきたいです」
還暦を前にして飛び込んだ異文化のグラウンド。ジャッジだけでなく、人と人とのつながりを大切にする姿勢が、台湾球界に新たな風を吹き込んでいる。
(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)