38.5度の発熱も「もう投げるしかない」 54年ぶりの悲願…エースが追った“背中”と支えた“伝説の剛腕”

慶大戦に先発した関大・米沢友翔【写真:井上学】
慶大戦に先発した関大・米沢友翔【写真:井上学】

関大・米沢友翔が体調不良の中で5回無失点の好投…大会MVPに選出

 第75回全日本大学野球選手権記念大会の決勝が14日、神宮球場で行われた。関大(関西学生野球連盟)が慶大(東京六大学野球連盟)を2-1で破り、1972年以来54年ぶり3度目の優勝を飾った。先発した今秋のドラフト上位候補左腕、米沢友翔投手(4年)は5回無失点の好投。今大会は4試合、計25回を投げてわずか2失点という圧倒的な投球を見せ、大会の最高殊勲選手賞(MVP)に選出された。「もう素直に嬉しいです」と語り、ほっと胸をなでおろした。

 5回77球を投げた前日13日の準決勝・国学院大(東都大学野球連盟)戦の試合後、米沢の体には“異変”が起こっていた。体調を崩し、38.5度まで発熱。病院で点滴を投与され「ちょっとは楽になりました……」と熱は下がったものの、たった一晩では回復しきれなかった。

 迎えた決勝当日、「体が重い」と感じながらも「もう投げるしかないな」と、体調が100%に回復しない中で先発登板を志願した。

「ここまで来たら自分が投げるしかないなと思っていたので。監督からも『頼むぞ』という感じでした」

 3度目となる神宮のマウンド。この日はスライダー、スプリットを主体に変化球を多用。慶大打線に的を絞らせなかった。山場となった5回2死二塁の場面では1番・丸田湊斗外野手(3年)を渾身の外角高めの直球で見逃し三振に。「絶対に抑えようと思いました。この試合で一番ギアを上げました」。魂の一球でピンチを凌いだ。

笑顔で記念撮影に臨む米沢友翔、山口高志氏、百合澤飛(左から)【写真:井上学】
笑顔で記念撮影に臨む米沢友翔、山口高志氏、百合澤飛(左から)【写真:井上学】

追いかけ続けてきた先輩・金丸夢斗の存在…継承されるエースの“責任感”

 体調不良をはねのけ、無失点で後続の投手にマウンドを託した22歳。ベンチから見守った小田洋一監督も米沢が見せた気迫の投球に賛辞を送る。「彼はチームの勝利に貢献したいっていう気持ちがすごく強い。今日はよく5回まで投げれたなと。本当に感心しますね」。

 満身創痍の状況でもエースとしての“矜持”を失わなかった背景には、一昨年のドラフト会議で5球団競合の末にプロ入りした関大OB・金丸夢斗投手(現中日)の存在が大きいという。「金丸がずっとチームを1人で背負ってきたっていうのを米沢も見てきましたからね。やっぱりそういう存在になりたいっていうのはずっと思いながら、あの金丸の背中を追いかけてきたと思う」と小田監督。“関大左腕エース”の系譜は脈々と受け継がれている。

 そして、忘れてはならないのが硬式野球部でアドバイザリースタッフを務める山口高志氏の存在。山口氏は1972年春の選手権で関大を優勝に導き、自らもMVPを獲得。阪急(現オリックス)時代には日本球界最速投手として評された“伝説の剛腕”だ。

 指導者としても、阪神で絶対的守護神として活躍した藤川球児投手(現監督)を覚醒させたことで知られる名伯楽である。現在は母校に戻り、練習がある日は毎日、米沢ら投手陣を精力的に指導している。

「僕は山口さんにマウンドでの立ち振る舞いを教えていただきました。全国大会という大舞台で、自分が折れてしまうとチームも折れてしまう。ピンチでも胸を張って投げるということを意識して投げました」と米沢。今年76歳になる恩師に、54年ぶりの優勝という“最高の恩返し”を届けることができた。

 今大会のブレークで、一躍ドラフト戦線の主役候補に名乗りを挙げた。プロ志望を明言する左腕は「ドラフト1位でプロに入りたい。秋もしっかりいい結果が残せるように、さらに練習を重ねていきたい」。

 同じく今大会で躍動した慶大・渡辺和大投手(4年)や昨秋の明治神宮大会で10者連続奪三振の大会新記録を樹立した立命大・有馬伽久投手(4年)をはじめ、大学生左腕投手が豊作と言われる2026年。米沢もドラフトの目玉の1人として、球界を賑わすことは間違いないだろう。

(神吉孝昌 / Takamasa Kanki)

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