佐々木麟太郎が可能性を感じた“選択肢” 恐れなかった米挑戦…背中を押した父の教え

昨秋のドラフトではソフトバンクが1位指名、迫る決断の時
昨秋のドラフト会議でソフトバンクから1位指名された米スタンフォード大の佐々木麟太郎内野手が5日、故郷の岩手県内でのイベントに参加し、地元小・中学生約60人と交流。その中で改めて、花巻東高からの進路先に米国の大学を選んだ理由を語った。佐々木は11、12日(日本時間12、13日)に行われるMLB(米大リーグ機構)のドラフト会議でも指名される可能性がある。
2005年4月18日生まれの21歳で、現在はスタンフォード大2年の佐々木。花巻東高3年時の2023年秋には“ドラフトの目玉”と見られていたが、プロ志望届を提出せず米国の大学への進学を表明。この決断は大きな注目を集めた。
「当時はいろいろな選択肢がありましたが、アメリカの大学に進むことに一番広い可能性を感じました」。この日のイベントで小中学生を前にこう語った佐々木。「アメリカの大学は休学制度が充実していて、大学を途中で休学してプロ野球に入り、オフシーズンや引退後に大学へ戻ってくる人も多い。特にスタンフォード大学の休学制度は(復学に)期限がない。それが(進路を決めた)大きな理由の1つでした。自分もプロ野球へ進んだとしても、タイミングを見て戻ってきて、最終的に卒業したいと思っています」と説明した。
佐々木には当面、米国のドラフトで指名されMLB球団入り、昨秋に指名を受けたソフトバンクに入団、大学に残りアマチュア選手としてプレー続行──といった3つの選択肢が考えられる。決断の時が迫る中、本人は野球選手として現役を終えた後まで視野に入れ、進路を模索している。
とはいえ、スタンフォード大への進学を決めた当時は「英語の成績は良くなかったですし、英語力はほぼゼロ。全く聞き取れませんでした」と明かす。そんな中でも「通訳を付けていいと言ってくれる大学もありましたが、全て断りました。誰かに頼るとしゃべれなくなると思いましたし、自分を追い込まなければいけない時期だと感じていましたから。将来野球選手として通訳なしで英語でインタビューを受けることを目標に、シャイにならず、ミスを恐れず、しゃべり続けることを心掛けました」と明かした。
「優先順位と状況判断が大切」花巻東高の監督でもある父の教え
渡米から2年近くが経過し「英語はだいぶしゃべれるようになりました」と佐々木。続けて「人生で時には、逃げずに一番きつい選択をすることも大切だと感じています」と強調した。
中学時代には花巻東高硬式野球部監督を務める父・洋氏の協力で、自宅で1日約800球のティー打撃に取り組んだ。「ミカンやリンゴが入っていた箱に120個ほどのボールを詰め、毎日必ず6~8箱分打っていました」と振り返る。
「父からは“優先順位”と“状況判断”を大切にするようにいわれていました。(毎日のティー打撃が)疲れていて嫌な日もありましたが、世界で戦えるバッターになるという夢を叶えるためにはどうしなければならないかを考え、優先順位として練習を終えてから遊んだり、自分のやりたいことをやるようにしていました」とうなずく。
野球で大忙しの中学時代だったが、3年の時には生徒会長も務めた。「シニアリーグのチームでもキャプテンを務め、チームをまとめる役を率先してやりたい気持ちが強かった」。破格のパワーと知性を兼ね備えた稀有な選手といえそうだ。
MLBドラフトを前に「楽しみな半面、他の人と違うシチュエーションなので、複雑な思い、不安もあります。緊張しています」と吐露した佐々木。“前例のない道”を胸を張って歩き続ける。
(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)