突然の呼び出しに「何かやらかしたかな」 “タイトル獲得”後にまさか…ドラ1右腕の急転人生

東芝・宮川哲【写真提供:東芝野球部】
東芝・宮川哲【写真提供:東芝野球部】

西武やヤクルトで活躍し社会人・東芝の宮川哲

 2019年ドラフト1位で東芝から西武に入団した宮川哲投手が、再び社会人野球の舞台に戻ってきた。2023年オフにトレードでヤクルトへ移籍したが、2025年オフに戦力外通告を受け、今季から古巣・東芝でプレー。8月26日に開幕する都市対抗野球大会出場を決めた。

 プロ6年間では通算131試合に登板し、5勝5敗1セーブ20ホールド。西武では先発も経験したが、自身の原点はあくまでリリーフにあった。「僕は中継ぎの方が好きでした」。その思いを強くした存在が、西武で長年クローザーとして活躍し、2024年限りで現役を引退した増田達至氏だった。

「増田さんがずっと抑えをやられていて、かっこいいなと思っていました。勝負どころでもコントロールミスがほとんどなくて、真っ直ぐ中心で抑えてしまう。人としても、選手としてもすごく好きでした」

 もともと自分から積極的に声をかけるタイプではなかったが、入団後は自らキャッチボールをお願いし、自主トレにも参加した。自主トレでは練習前のトレーニングから一切妥協しない姿勢を間近で見て「なぜ長く第一線で活躍できるのかを学ばせてもらった」と振り返る。

 4年目の2023年には先発転向を告げられた。しかし、長年慣れ親しんだリリーフからの転向は簡単ではなかった。「調整方法が全然違いました。中継ぎみたいな出力で投げてしまうと長いイニングは持たない。点を取られたくないという気持ちも強くなりますし、本当に難しかったですね」。1軍では4試合に先発して1勝2敗、防御率7.16と、思うような結果は残せなかった。それでも、ドラフト1位という肩書に縛られることはなかったという。

「もともと自分がドラフト1位だなんて思っていませんでしたし、入ってしまえば順位は関係ないと思っていました。もちろんチャンスをもらえる回数は違うかもしれませんけど、自分自身と向き合うことで精いっぱいでした」

2軍でタイトル獲得もまさかのトレード

 2023年は1軍では結果を残せなかったものの、イースタン・リーグで最優秀防御率のタイトルを獲得。オフには背番号変更と、中継ぎとして再び勝負する方針も伝えられていた。しかし、トレーニングに励んでいた12月下旬、ヤクルトへのトレードを告げられた。

「最初に呼ばれたときは『え、何かやらかしたかな』と思いました(笑)。もう12月下旬でしたし、まさか自分がトレードになるとは思っていませんでした。『自分にもあるんや。これがプロか……』と思いました」

 環境を変えて迎えたヤクルト1年目の2024年は4試合の登板にとどまり防御率6.75。翌2025年の春季キャンプでは左太もも裏を肉離れした。それでも「休む」という選択は頭になかった。

「治療を受けながら練習には参加していました。今思えば休んでも良かったのかもしれません。でも、自分のポジションがあるわけではなかった。1軍キャンプに呼んでもらっていましたし、休んでいる間に誰かに取られてしまうという気持ちが強かったんです」

戦力外後…届いたオファー「何かの縁」

「今年ダメなら終わり」。そんな危機感を抱えながら過ごした2025年シーズン。だが1軍での登板機会はなく、シーズン終了後に戦力外通告を受けた。鎌ケ谷で行われたイースタン・リーグ最終戦の後、数人の選手とともに呼び出された。

「指定された日に球団に来てくれと言われました。仲が良かった鈴木康平さん(元投手)と一緒に呼ばれて『やっぱそうやな』と。1軍で投げていなかったので、しょうがないという気持ちでした」

 ただ、現役続行への道はすぐに開けた。東芝時代の監督で、現在はGMを務める平馬淳氏から連絡が入り、韓国球団からもオファーが届いた。悩んだ末に選んだのは、プロ入り前に所属していた東芝だった。

「東芝にはこれまで、プロ入りした選手が戻ってくることはなかったのですが、すぐに連絡をいただきましたし、これも何かの縁かなと思いました」

 現在はチーム最年長。若い選手たちを引っ張る立場となり、目指すのは都市対抗優勝だ。プロでの経験を背負って再び社会人野球のマウンドに立つ。宮川にとって、この夏は“再出発”の舞台となる。

(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)

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