父も兄も弟も鶴岡東野球部 涙の初戦敗退も叶えた家族の夢…野球は「燃え尽きた」も託すバトン

押井佑斗、適時打含む2安打1四球1犠打で打率10割
野球一家の夢をかなえ、大舞台で躍動した。第108回全国高校野球選手権は大会第3日の7日、甲子園球場で1回戦4試合が行われた。第1試合は2年ぶり9度目の出場となった鶴岡東(山形)が東海大甲府(山梨)と対戦。2-5で初戦敗退したものの「2番・左翼」で先発出場した押井佑斗外野手(3年)は適時打を含む2安打を放って存在感を示した。
初回の第1打席は四球で出塁。3回無死一塁では投前に犠打を決めた。5回2死二塁では左前適時打。1点差に詰め寄る一打を「チャンスで回ってきたので絶対に自分で点を取るという気持ちでした」と振り返った。さらに7回2死一塁でも「何としてでもつないで点を取ろうと思っていました」と左前打。試合には敗れたが、2打数2安打1四球1犠打の打率10割と打線をけん引した。
山形大会でも16打数8安打の打率5割をマークした右投げ左打ちの“恐怖の2番”は、ベンチ入り20人中3人しかいない地元・山形出身の選手。しかも、鶴岡東の野球部一家である。父・高志さんも野球部OBで、校名が「鶴商学園」だった1991年夏の山形大会決勝で米沢工に1-4で敗れて準優勝。あと一歩のところで甲子園の土を踏むことはできなかった。
小2で2歳上の兄・快斗さんとともに野球を始めた頃から、父がプレーした鶴岡東の野球部で甲子園に出場することが目標だったという。1年生だった2年前の夏の甲子園は、チームは聖光学院(福島)との1回戦に勝利し、早実(西東京)との2回戦に惜敗。押井は控え選手だった兄とともにアルプス席で声をからした。
その時から、定めた目標は父と兄が立てなかった甲子園のグラウンドでプレーすること。同じく野球部員の弟・壮斗内野手(2年)もアルプスで見つめる中、ついに目標を実現させた。
野球は高校で一区切り「燃え尽きたかな」
「小さい時から鶴岡東で野球をしたいと思っていたので、そのチームで甲子園に出られたので凄くうれしい。甲子園のグラウンドは凄く広く感じて、守りやすくて、景色が良かったです。父と兄の分まで甲子園でプレーできたのは良かったんですけど、自分が代わりに甲子園で勝利したかったので悔しい……」
父母会会長を務める高志さんは「2年前は兄と一緒にアルプスで応援していたので、強い気持ちがあったんじゃないでしょうか。グラウンドに立ってプレーするのが目的だったから、それがかなって良かったなと思います」と感慨深げ。三男の壮斗も「格好いい。来年は自分も甲子園に出られるように頑張りたい」と前を向いた。
170センチ、68キロとそれほど体格に恵まれてはいない押井は、野球は高校で一区切りつける考えだという。「この先は特に考えていないんですけど、野球はやらないです。野球は燃え尽きたかなという感じです」。好きな言葉は「継続は力なり」。継続してきた努力については「きつい練習が多かったけど、妥協せずにできたと思います」と胸を張った。
押井一家の夢の続きは、壮斗に託す。「甲子園はメチャクチャいい景色だから、弟にも甲子園でプレーしてほしい。本当に凄くいい場所でした。後輩たちには自分たちの代わりにここで勝ってほしいです」。目を真っ赤に腫らした背番号7は、悔しさとともに充実感をにじませながら、静かに聖地を後にした。
(尾辻剛 / Go Otsuji)