練習中に喧嘩、辞任申し入れ…限界だった主将生活 苦悩の先にあった“魂のバント”

中谷監督が与えたテーマ「日本一コミュニケーションのあるチーム」
智弁和歌山は22日、甲子園球場で行われた第108回全国高校野球選手権大会の決勝で健大高崎(群馬)に4-3で競り勝ち、5年ぶり4度目の優勝を果たした。個性の強いメンバーをまとめた主将の松本虎太郎外野手(3年)は、打撃不振で主将辞任を申し出たことがあり、さらに今夏の県大会開幕直前には腰の手術に踏み切ったが、全てを乗り越えて深紅の大優勝旗を手にした。
「自分がこの舞台に間に合うとは思っていなかったのですが、こうして戻ってこれて、最高の仲間と優勝できて、本当によかったです」。試合終了直後、松本はグラウンド上に設けられたお立ち台に上がり、万感の思いを口にした。
「昨秋、近大新宮に負けたことが一番悔しかったです。そこから自分たちの物語が始まったと言っても、おかしくないと思います」と強調する。
新チーム結成後、最初の大会である昨年の秋季県大会・準々決勝。智弁和歌山は近大新宮に4-9で敗れ、近畿大会への進出を逃し、翌春の選抜出場の可能性も消滅した。内容も3-1とリードして迎えた8回に、一挙8点を奪われ逆転されるという衝撃的な展開だった。
「選抜を逃した自分たちには、もう夏しかない。絶対、夏に優勝してやると強く思いました」と松本は振り返る。そこで、個性の強い選手が多く、それまでお互いに腹を割って話すことが少なかったメンバーに、中谷仁監督は2つのテーマを与えた。
「日本一コミュニケーションのあるチーム」
「日本一仲間を生かせるチーム」
松本は「自分たちもその言葉を胸に、まずは思ったことを全て言葉に出すことから始めました」と言う。個性の強い選手たちが自分の考えを口々に言い始めれば、当然衝突することも増える。実は主将の松本自身、練習中に山下晃平外野手(3年)と取っ組み合いの喧嘩をしたことがあった。

決勝では同点に繋がる犠打、中谷監督「松本のバントで逆転まで見えました」
相手の山下が振り返る。「当時、自分と松本はポジションがライトで被っていて、シートノックでどちらが先かで喧嘩になりました。両方が『俺が先やろ』と引かなくて……」。客観的に聞けば他愛もない理由である。「今考えたら笑い話で、松本とも仲がいいです。このチームはみんな言い合うのですが、仲はいいです」と続けながら笑った。喧嘩するほど個々が一歩も引かない、強い思いで練習に取り組んでいたとも言えるだろう。
そんな松本が、中谷監督に主将辞任を申し入れたことがあった。「今年3月頃、打撃で結果が出ていなくて、自分が何を言っても説得力がないと感じました。その時には、打っている選手に代わった方がチーム力が上がっていくのではないかと思いました」と説明する。
これに対し、指揮官は「このチームで“智弁愛”を一番強く持って入ってきたのが(松本)虎太郎だと思う。おまえが死に物狂いでやるしかない」と引き留めた。そして松本は「監督がみんなに『虎太郎を信じてやるのか?』と問いかけて、みんなが『やります』と言ってくれた時、自分も腹を括りました」と振り返る。
結束を強めた智弁和歌山は、今春の県大会で優勝し、その後の近畿大会でも準優勝。ところが、チームが波に乗り始めたところで、主将の松本を新たな試練が襲う。腰痛に見舞われ、夏の県大会開幕直前の6月30日、手術を余儀なくされたのである。
復帰のめどが立たない主将を、指導陣やチームメートは「頑張れよ」、「待っているからな」と激励したという。松本は県大会の準決勝に代打出場し、なんとか戦列復帰。今大会では5試合中3試合にDHでスタメン出場するほど驚異的な回復を見せたが、健大高崎との決勝はベンチスタートだった。
決勝での出番は、のっぴきならない場面で回ってきた。2-3の1点ビハインドで迎えた8回、無死一、二塁のチャンスに代打で登場。勝敗を分ける重要な送りバントを1球で決めた。中谷監督は「松本のバントで、逆転まで見えました。魂のこもった素晴らしいバントでした」と称賛。これが続く川原一将内野手(3年)の同点スクイズにつながった。
なおも1死一、三塁で打席に立ったのは、かつて松本と取っ組み合いの喧嘩を繰り広げた山下だった。2回の打席で先制適時三塁打を放っていた山下は、ここでは空振り三振に倒れたが、最後のボールが暴投となり、智弁和歌山に決勝点が転がり込んだのだった。
「優勝という形で終われて、自分たちがやってきたことが間違っていなかったと思えました」と松本は目を細めた。主将を中心に選手個々が思いの丈を言葉にし、何度もぶつかった末、日本一のチームワークを作り上げた。
(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)