東大現役合格→“人生初”HR「実感わかない」 1日10時間超の猛勉強で掴んだ夢舞台

慶大戦に出場し、公式戦初本塁打を放った東大・堀端大貴【写真:加治屋友輝】
慶大戦に出場し、公式戦初本塁打を放った東大・堀端大貴【写真:加治屋友輝】

東大・堀端大貴が慶大戦で公式戦初本塁打

 東大の堀端大貴外野手(3年)が13日、神宮球場で行われた東京六大学野球秋季リーグの慶大2回戦で、公式戦初本塁打を放った。0-9の8回1死、小美野晴寛外野手(2年)の代打で登場し、慶大の別所孝亮投手(4年)から右翼席へソロを運んだ。試合は1-10で敗れたが、神宮で刻んだ初アーチに「実感がわかない」と声を弾ませた。

 春のリーグ戦でも代打で出場したが、結果を残せず「すごい悔しかった」と振り返る。この日は「その悔しさを晴らし、神宮の舞台で絶対ヒットを打ってやろう」と強い気持ちで打席へ。フルカウントから直球一本に絞り、右翼スタンドまで運んだ。公式戦では自身初の本塁打。「野球人生で一番最高」と笑顔を見せ、興奮のあまり「正直、あんまり覚えてない」と、夢見心地でのダイヤモンド一周となった。

 マウンドにいた別所は大阪桐蔭高出身。和歌山・向陽高でプレーした堀端にとって、高校時代には対戦する機会すらなかった強豪校の投手だった。「甲子園は家で見ていて、テレビの向こう側にいるチームだった」と回想。“別世界”にいた相手から大学野球の聖地で一発を放ち「感無量」と喜びを噛み締めた。

試合後、取材に応じた東大・堀端大貴【写真:加治屋友輝】
試合後、取材に応じた東大・堀端大貴【写真:加治屋友輝】

向陽高から初の東大野球部員、引退後は猛勉強

 堀端が育った向陽高は、前身の海草中時代に1939、1940年の夏の甲子園を連覇した地元の伝統校だ。1939年にはレジェンド左腕・嶋清一が準決勝、決勝で2試合連続ノーヒットノーランを達成するなど、球史に名を残す選手も輩出している。堀端は2年時から「1番・中堅」で出場し、チームの切り込み隊長として打撃を武器にしてきた。

 東大を目指したきっかけは、高校時代に同じ和歌山県出身の東大野球部員と話す機会があったことだった。その際に「東大どう?」と勧められ、「僕も目指してみようかな」と受験を決意。高校野球を引退すると「ひたすら家でずっと、1日10時間以上勉強」と机と向き合い、現役合格を果たした。向陽高から東大野球部に進んだのは堀端が初めてだった。

 大学進学後は「木製の難しさもあり、あまり打てなかった」と振り返る。それでも、東大合格へと導いた集中力を野球に向け、打撃練習に励んだ。「それが出たかな」と手応えを口にする。積み重ねの先に待っていたのが、神宮で飛び出した公式戦初アーチだった。

 手元に戻ってきた記念球の行き先は、もう決めている。「両親に渡そうかと」と微笑んだ。「小中高、ずっと支えてくれたので、その恩返しになれば」と感謝を込める。現役で東大に合格し、母校初の東大野球部員となった3年生。神宮でつかんだ特別な白球は、一番の支えとなった、大切な人のもとへ届く。

【実際の様子】支えてくれた両親のもとへ…東大3年生が手にした公式戦初HRの記念球

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