18年ぶり阪神Vで「役目は終わった」 魅了された台湾野球の“多様性”…伝え続ける熱気

台湾で野球の取材を続ける駒田英記者【写真:神吉孝昌】
台湾で野球の取材を続ける駒田英記者【写真:神吉孝昌】

在台記者の駒田英氏…台湾野球を追いかけ続けるワケ

 侍ジャパンU-18日本代表が出場した「第14回 BFA U18アジア野球選手権」の取材のため、7日から13日まで台湾・台北市を訪れた。現場で外国人選手への対応に困っていた筆者を助けてくれたのは、現地で長年取材を続けるライター・駒田英(こまだ・えい)氏だった。なぜ台湾野球を追い続けるのか。その理由に迫った。

 駒田氏は1976年生まれで、東京都出身。三重県出身の祖父の影響で、1984年頃から阪神ファンとして育った。転機となったのは2003年、星野仙一監督率いる阪神が18年ぶりにセ・リーグ制覇を果たした時だ。

「暗黒時代からずっと応援してきたのですが、優勝を機に周りにも阪神ファンが増えていきました。どこか自分の中で『ファンとしての役目は終わったな』とすっきりした部分があったんです」と苦笑いする。

 阪神ファンとして“一区切り”がついたこの年、台湾旅行で球場を訪れた際に日本のプロ野球とは異なる熱気に触れた。

 当時は元阪神の中込伸氏や横田久則氏らが活躍していた。現在の球場演出の主流である華やかなチアダンスや電子音楽はなく、応援スタイル自体は日本に近かったが、ファンが放つ熱量に魅了された。

「当時はチアもおらず素朴でしたが、和太鼓を叩きながらマイクを使って大声を張り上げていました。手作り感にあふれる独特の熱気が、すごく面白く感じました」。駒田氏は2006年に意を決して渡台。台湾野球の世界にのめり込んでいった。

 U18アジア野球選手権でも数多くの観客が詰めかけた【写真:神吉孝昌】
U18アジア野球選手権でも数多くの観客が詰めかけた【写真:神吉孝昌】

人口の2.7%が「代表の半分」を占める…興味深い台湾野球の歴史的背景

 観戦を通じ、台湾野球の根底にある「原住民族(先住民)」の存在の大きさを実感することになったという。

 台湾政府が認める原住民族の人口比率は、全体のおよそ2.7%に過ぎない。それでも、NPBへ挑む選手や世代別代表チームのメンバー表を見ると、その約半数を原住民ルーツの選手たちが占めている。

「2.7%の人口比率しかいない人々が、野球界では約半分を占めています。彼らの高い身体能力と台湾野球への貢献度は計り知れません。台湾野球を追いかけていくと、単なるスポーツの枠を超えて歴史や民族の背景に行き着く。そこが本当に奥深いところです」と、歴史的背景からも台湾野球の魅力はあると話す。

「対戦相手を知ればもっと面白い」…野球で日台を繋ぐ架け橋に

 歴史的背景の一方で、取材者として実感しているのが台湾野球界のオープンなメディア環境だ。

「台湾の現場って、監督、選手はすごく親切で、ゆるやかで温かい空気感があるんです。グラウンドでも距離が近くて取材もしやすいです」。日本の現場では、メディアと選手たちの間に一定の“距離”が取られている場合が多いが、台湾の現場にはどこか大らかで温かい雰囲気が漂っているという。

 現在、駒田氏は台湾の政府系国際ラジオ局でパーソナリティを務めながら、現地から情報を発信し続けている。「(2011年の)東日本大震災の時に台湾からの多大な支援に感動し、自分が台湾にできる『恩返し』は、台湾の多様な姿を日本に伝えることだと思い、ラジオ局に就職したんです。中でも野球は自分の専門なので」。活動の根底にあるのは、単なるスポーツライターの枠を超えた確固たる思いだ。

「1人でも多くの日本の方に、台湾の野球に興味を持ってもらいたいと思って発信しています。WBCなどの国際大会でも、ライバルや対戦相手の背景を深く知っていた方が絶対観戦を楽しめるじゃないですか。野球を通して、台湾という社会が持つ多様性や魅力そのものに触れてもらえたら嬉しいですね」

 言葉や歴史の違いを超え、野球という共通言語で日台を繋ぐ。スタンドの熱気や歴史の重みを伝えるため、今日も駒田氏は現地から発信を続けている。

(神吉孝昌 / Takamasa Kanki)

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