織田翔希、早期の米挑戦を選んだ理由 “最大の困難”克服に必要だったタイミング

織田が米挑戦の課題にあげた英語でのコミュニケーション
横浜(神奈川)の織田翔希投手(3年)が15日、同校で行われた記者会見で、NPBを経ずに米球界への挑戦を表明した。メジャー球団でのプレーを目指し、大学進学も視野に入れて検討する。高校卒業後の渡米には、右腕が「一番の困難」と考えている課題克服に向けての思いがあった。
100人近い報道陣が集まった会見で、織田は「最終目標である世界一のピッチャーに向け、アメリカの地で挑戦することに決めました」と力強く宣言。プロ志望届を提出し、ドラフトの目玉として注目されていたが、米での挑戦を選んだ。その理由について、織田は英語の早期習得をあげた。
「一番の困難である言葉の壁という部分で、若いうちから生の英語に触れることによって、メジャーリーグに上がった際に自分の意思で、チームとしっかり意思疎通を図れる。そこが一番(の理由)かなと思います」と、決断の裏側にある思いを明かした。
22日に開催されるドラフト会議の1週間前とあり、ギリギリまで進路について悩んだことがうかがえる。最終的には「NPBを通ったほうが、メリットがあるかもしれませんが、世界一になりたいという思いが大きかった」と決断。母親からも「やりたい道に進んでほしい」と背中を押されたという。
織田は福岡県北九州市出身。2年春から4季連続で甲子園出場を果たし、今夏の神奈川大会では自己最速を更新する157キロをマークした。さらに夏の甲子園2回戦、日南学園(宮崎)戦では、6回無死満塁の場面で甲子園最速の156キロを記録。逸材右腕として、日米から注目を浴びていた。
(Full-Count編集部)