恩師が語る巨人杉内の素顔 大減俸に隠された、強すぎる責任感

恩師が振り返る社会人時代の記憶、大減俸志願は「ある意味、杉内らしい」

 巨人・杉内俊哉投手が今季の年俸5億円から球界史上最大の減俸額となった4億5000万円ダウンの年俸5000万円(推定)プラス出来高で契約を更改した。年々、痛みが強くなってきた右股関節を手術。来年の開幕が難しく、復帰時期も未定のため、自らが大減俸を申し出た形となった。球界に大きな衝撃を与えたが、杉内がプロ入り前に所属していた社会人野球・三菱重工長崎の監督だった小島啓民氏は「ある意味、杉内らしい」と話した。杉内の変わらない人間性が凝縮されているという。恩師が復活へのエールを込め、杉内との思い出を語った。

―――――――

20151210_sugiuchi
杉内俊哉のこれまでの成績

 私が杉内と初めて会話をしたのは、彼が鹿児島実業高校3年生だった1998年の鹿児島県大会。川内高校との決勝戦だった。見事なピッチングを披露し、3-1で勝利した後の県営鴨池球場のダッグアウト裏。決勝で投げあった川内高校の投手は、木佐貫洋投手。当時のプロのスカウトの評価は、杉内より木佐貫の方が高かったが、当時、三菱重工長崎の監督をしていた私の目には、杉内の体の強さと直向きさが強烈な印象に残り、「ぜひ一緒に野球をやってみたい」という気持ちが強かった。

「是非、うちに来ないかい」が第一声であったが、今一つ乗り気でなかった杉内の顔が鮮明に蘇る。福岡県の大野城というところで育った杉内は、母子家庭であり、祖父母にたいへん可愛がられており、将来、プロ野球選手になって、お母さんと祖父母の苦労に報いたい、と強く思っていたに違いない。

 おそらく、プロ野球の道へ進めるのであれば、遠回りをしないで高校からプロで勝負したいと本人も含め、家族全員が思っていたはず。松坂大輔投手率いる横浜高校に甲子園で敗退し、高校野球の終わりが決まった後、杉内の実家に幾度となく足を運んで、社会人野球の素晴らしさを伝え、決して社会人が遠回りでないことを訴え続けた。そして最後に、「シドニーオリンピックに出場させる。それから3年後には逆指名ドラフトでプロへ進ませる」と杉内の祖父と約束し、三菱重工長崎への入社が最終的に決まった。

 未来のことを簡単に約束することはできないが、色々な選手を見て来た中で、とにかく、別格の人材であることはその時点で分かっていたし、オリンピックと逆指名ドラフトにおいては、なんら難しいことではないと確信していたので、自分にとってはプレッシャーになるような約束ではなかった。

RECOMMEND

CATEGORY