ヤンキースで地位築いた黒田博樹 ファンが心待ちにする「別れの儀式」

ヤンキースのエースと評されるほど存在が大きくなっていった黒田

 悔いを残さないためにも、カープのために「一球」を投げる道を選んだ。ヤンキース移籍後は1年契約を繰り返し、毎年、広島復帰への選択肢を残してきた。そんな中ですべてのタイミングが揃ったのが、今オフだったのだろう。

 2年連続レギュラーシーズンで敗退したヤンキースではここ数年、黄金期を支えたベテランがユニホームを脱ぎ、主将デレク・ジーターも昨季限りで引退。来季以降、魅力的な球団とは言いがたかった。さらに、これまで黒田の引き留めを最優先にしてきたヤンキースだが、今オフは動きが鈍かったのも影響した。昨季、ジーターがファンに見送られながらユニホームを脱いた姿を間近で見て、最後は育ててくれたカープファンの前でプレーする、という思いが深まったのかもしれない。

 ヤンキースでは3年間で通算38勝33敗、防御率3.44。打線の援護があれば、もっと勝ち星は伸びていたはずで、数字以上に「安定感」が評価された。ヤンキース移籍直後は「ナ・リーグの投手が打線の厚みがあるア・リーグ東地区で成功できるのか」と実力を疑問視する声もあったが、13年以降はエースと評されるほど存在が大きくなった。

 ヤンキース2年目の春季キャンプでは、往年の名投手ウェルズ氏らOBたちが黒田の元に歩み寄り、ピッチング論を語り合う姿も珍しくなくなった。黒田の座右の銘である「耐雪梅花麗(雪に耐えて梅花うるわし)」はいつしかヤンキースの間で浸透。重圧の大きな名門球団で成功者として地位を築いた証が、短期間で至る場面で見られた。

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