メジャーで起きた“珍現象”の裏側 「誰だってあの状況に置かれたら辛い」
「誰だってあの状況に置かれたら辛いだろう」
当初は何が起きたのか分からなかったというフローレスだが、どうやらトレードされるらしいと知った途端、いろいろな思いが頭を駆け巡り、試合中にもかかわらず泣いてしまった。守備に就いても涙は止まらず、テレビ中継で「16歳からメッツで育ってきたから辛いんでしょうね」とまでコメントされたが、結局トレードは成立せず。フローレスをはじめファンもメディアも、気まずい思いをしたわけだが、期限を過ぎた今でも、メッツの選手であり続けている。
ソーシャルメディアの発達がメディアのあり方を大きく変えている。正確に報道することはもちろんだが、より一層の迅速性が求められ、重要視されている。時には、小耳に挟んだ程度の情報を、きっちり裏付けを取らずに流すため、ありとあらゆる情報が錯綜。かつては、新聞や雑誌が印刷された時に確実性の高いスクープが生まれたが、今では一刻一秒を争うツイッター上での情報解禁がスクープと呼ばれるようになっている。
ある記者が「レンジャースがハメルズを獲得すると聞いた」とツイートすれば、他の記者がその情報も裏取りを始め、「プロスペクトのアルファロがトレードに含まれるらしい」「ハメルズと一緒にディークマンもテキサスへ行く」と情報を付け足していく。一報を発した記者を讃えつつも、みんなで完成した情報を作り上げていく形だ。
情報が乱発されるのはメディア側の理由だけではなく、もちろん、ライバル球団に情報戦を仕掛けるためメディアを利用する球団関係者もいるからだ。以前、ある球団のGMと話をした時、「限られた人物しか知らないはずの情報がメディアに出ると、正直、疑心暗鬼になることもある」と言っていたことがある。
先述のフローレスの一件で、メッツのコリンズ監督が試合後の会見でこんなことを言っていた。
「トレードはビジネスの一つ。でも、私は試合中に何も伝えられていなかった。だから、フローレスに言ったんだ。自分は何も聞いていない。どんな情報が流れているか知らないが、正式に伝えられるまでは戦うべき試合に集中しなければならない。今はみんながスマートフォンで情報を手に入れたり、試合を見たりする時代。それでも正式決定の知らせが出るまでは正式じゃないんだ。
みんなは選手が冷徹なロボットのようにプレーしていると思っているかもしれないが、彼らだって人間だ。感情的にもなる。フローレスは戸惑ってしまったんだ。あんな環境の中でプレーするのは簡単じゃない。誰だってあの状況に置かれたら辛いだろう。まったく気の毒だ」
情報とメディアとファンと選手と首脳陣。それぞれのあり方について、考えさせられたトレード期限だった。
【了】
佐藤直子●文 text by Naoko Sato
佐藤直子 プロフィール
群馬県出身。横浜国立大学教育学部卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーとなり渡米。以来、メジャーリーグを中心に取材活動を続ける。2006年から日刊スポーツ通信員。その他、趣味がこうじてプロレス関連の翻訳にも携わる。翻訳書に「リック・フレアー自伝 トゥー・ビー・ザ・マン」、「ストーンコールド・トゥルース」(ともにエンターブレイン)などがある。