名作映画の実現ならずも、躍進のカブス 名将マドンが叩き込んだ戦術とは
至ってシンプルなマドンの戦術
こういったメンタルな言葉が多かったが、1つ繰り返し叩き込んだ戦術がある。それが「先制点を取れ」ということだ。マドン監督の説明は至ってシンプルだ。
「野球の大前提は、リードを奪うこと。特に、投手陣が抜群のチームと対戦する時は、先制点を取ることが非常に重要なカギとなる。単純なことだが、先制点を奪われれば、後から追いつくのは難しい。イニングが進むにつれて、難しさは増す一方だ。だったら、先制点を奪って、相手にその難しさを味わわせればいい。ここ何年も、スプリングトレーニング初日からミーティングで必ず言うんだ。先制点だ。先制点を取るぞって」
今プレーオフでの試合を見てみると、カブスが先制に成功したワイルドカード・ゲーム、地区シリーズ第3戦は勝利している。先制点を奪われながらも勝利した地区シリーズ第2戦は1点奪われた直後に5点を挙げて逆転、第4戦は初回に2点奪われながらも2回に4点スコアし、やはり逆転に成功している。
メッツに一方的に叩きのめされてしまった優勝決定シリーズでは、4試合すべて一度もリードを奪うことができなかった。メッツはシリーズMVPマーフィーの活躍もあり、4戦いずれも初回に得点を挙げて先制の釘を刺している。唯一カブスが意地を見せた第3戦でも、1回と4回にようやく同点においついただけで、追い抜くことはできなかった。望まない形ではあるが、マドン監督の理論が正しいことが証明されてしまった。
敗退が決定した後、マドン監督は「何もさせてもらえなかった」と、むしろサバサバとした表情を見せた。「また来年に向けて仕切り直しだ」と自分に言い聞かせるように言ったが、おそらく来年もスプリングトレーニング初日のミーティングでは同じ言葉が繰り返されるはずだ。
「先制点だ、先制点を取るぞ」
そして、その言葉を選手たちは、悔しさの伴う記憶と重ねながら、しっかり噛みしめるだろう。
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佐藤直子●文 text by Naoko Sato
佐藤直子 プロフィール
群馬県出身。横浜国立大学教育学部卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーとなり渡米。以来、メジャーリーグを中心に取材活動を続ける。2006年から日刊スポーツ通信員。その他、趣味がこうじてプロレス関連の翻訳にも携わる。翻訳書に「リック・フレアー自伝 トゥー・ビー・ザ・マン」、「ストーンコールド・トゥルース」(ともにエンターブレイン)などがある。