「負けた気がしない」の思い残した聖地へ 恩師、友人が語る岸孝之の素顔
「今日、どうだ」、「ダメです」の返答に…
春季リーグ戦第3節の東北大戦では1試合19奪三振のリーグタイ記録をマーク。第4節の仙台大戦では先発、抑え、先発と3連投した。そして、勝ち点を挙げれば優勝に大きく前進する東北福祉大との対決は第4戦までもつれる熱戦となり、岸は再び3連投する。
まず、1戦目に先発。ところが、10安打を浴びて7回で降板し、1-6で敗れた。ネット裏にはプロ野球12球団に加え、メジャーのスカウトの姿もあった。2戦目は6回途中から2番手で登板し、8-7で辛くも逃げ切った。そして3戦目。岸は先発マウンドに立った。7回には自己最速を更新する150キロをマーク。東北大戦に続き、毎回の19三振を奪った。試合は規定の3時間を超えて決着がつかず、延長11回、1-1で引き分けた。仙台六大学のリーグ史上20年ぶりとなる第4戦に突入した。
4戦目の朝。試合前の練習で菅井さんは岸を呼んだ。「今日、どうだ」と聞くと、「ダメです」と返答された。岸は3連投で322球を投じていた。菅井さんは東北福祉大にプレッシャーをかけるためにも、岸には試合中、ブルペンでピッチングをするなど、マウンドに行く雰囲気を出してもらいたいと考えていた。が、疲労困憊のエースには難しそうだった。将来だってある。せめてキャッチボールだけでも――。練習の間、菅井さんはどうすれば岸にボールを投げさせられるかを考えた。そして、岸以外の4年生部員を集めた。
「今日、岸は投げらない。しかし、相手にプレッシャーをかけるためにも岸には9回になったらブルペンに入ってもらいたい。お前たちが頼んでくれ。4年生全員がお願いしてくれ」
練習後、4年生部員は「9回になったらキャッチボールをしてほしい」と頭を下げた。岸はうなずいた。その様子を見た菅井さんは「これで勝ったかもしれないと思った」という。
試合は東北学院大が流れをつかみ、4回まで3-0とリードしていた。しかし、相手はリーグ34連覇中の王者である。5回に1点差に迫られると、8回に2点を加えられ、逆転された。東北学院大は3-4で最終回を迎えたが、土壇場で同点に追いついた。なおも2死二塁で二塁後方にフラフラっと上がった白球が、セカンドとライトの前にポトリ。二塁走者がホームに滑り込み、サヨナラ勝ち。仲間との約束を守り、9回にキャッチボールをしていた岸も歓喜の涙を流した。