梅の木に宿る亡き根本氏の思い ホークス宮崎キャンプ誕生秘話

理想は「フロリダ」―、スポーツの街となった宮崎

「やっぱり理想はフロリダだ」。根本氏はこう言っていたという。イメージは米MLBの球団がキャンプを行なっていたフロリダやアリゾナ。当初は1軍だけのキャンプ地を想定していたのだが、設計段階で根本が「これだけ効率的に出来るなら、2軍も一緒に出来るじゃないか」と提案したことで、方針を転換させた。全選手が揃って同じ敷地内で練習でき、入れ替えも容易。監督、コーチ陣がチーム全体の選手をチェック出来るようにとの狙いの下、このコンパクトに施設が集まる形になった。

 施設の立地にも、工夫が凝らされている。例えば、メイン球場であるアイビースタジアム。生目の杜運動公園一帯は、強い西風が吹く土地柄にあった。風の影響を受けずに、練習に取り組めるようにと、山の東側の斜面を削り、そこにスタジアムを建設した。スタジアム西側に残った山が風避けとなるように考えられている。

 工事に着工したのは2000年12月。根本は着工を見ることなく、1999年4月30日に、この世を去った。生前、出来上がった施設の図面を眺めながら、根本氏はこうつぶやいたという。「巨人がここを使わせてくれ、と言ってきたら、どうしようか」。冗談交じりに言った言葉には、施設への自信、確信が滲んでいた。

 ソフトバンクがキャンプを行うようになって、今季で14年目。来季は15周年を迎える。巨人、ソフトバンクに加え、今ではオリックスも、そして野球だけでなく、サッカーJリーグのいくつものクラブもキャンプを宮崎市内で行うようになった。「つくづく人の縁というのは不思議なもの。私と根本さんにあの親戚の縁がなければ、ソフトバンクが宮崎に来ることはなかったでしょうね。宮崎がスポーツの街になることもなかったかもしれない」と津村は感慨深げに言う。

 根本の生まれた茨城・水戸市から運んで植樹した梅の木。そこに宿る思い。根本が求めたキャンプ地が、常勝軍団となったソフトバンクの礎となっていることを忘れてはいけない。(敬称略)

【了】

福谷佑介●文 text by Yusuke Fukutani

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