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日本一決定戦を盛り上げるホームラン、2000年代に生まれた記憶に残る一発

2000年代に日本一を競った34チームがシーズン中に放った本塁打数は1試合平均0.98本だが、日本シリーズでは0.86本と減少する傾向にある。

巨人の清原氏が西武の松坂からシリーズの流れを決める一発

【2002年】
○清原和博氏(巨人)
第1戦 東京ドーム 2ー0 3回2死二塁 左越え
対松坂大輔投手(西武)

 日本一に輝くこと7度。何度となく大舞台で強さを発揮してきた清原氏の神通力は、このシリーズでも生きていた。西武の初戦マウンドを託されたのは、好敵手の松坂投手。巨人は3回に清水隆行氏の2ランで先制すると、後続も続いて2死二塁で清原氏に第2打席が回る。慎重にカウントを整える西武バッテリーだったが、真ん中に入ったボールを逃さずに清原氏が強振。打たれた松坂投手はしばらく打球の行方を追わなかった。ともにシーズン勝率6割を優に越え、8年ぶりに球界の盟主が顔を合わせた対決は実力伯仲が予想されたが、結果は巨人の4連勝と一方的に】終わった。松坂投手を打ち砕いた千両役者の一撃が、シリーズの趨勢を決定付けた。

【2003年】
◇金本知憲氏(阪神)
第4戦 甲子園 5ー5 10回1死走者なし 右越え
対新垣渚投手(福岡ダイエー)

 敵地で2連敗を喫したが、前日の本拠地開幕戦で延長戦を制した阪神は、第4戦の初回にも3点を奪うなど地元に戻ってからの戦いで勢いが止まらない。ところが、試合はもつれ、9回終了時に同点で2試合連続の延長へ突入。6回に2試合連続となるソロアーチを放っていた金本氏が、10回に打席へ入った。縦に鋭く曲がるスライダーを多投する新垣氏に2ストライクと追い込まれたが、その決め球が高めに浮いたのを見逃さずにバットを強振。金本氏らしい弾丸ライナーがライトスタンドに突き刺さった。2試合連続で延長10回にサヨナラ勝ち。頼れる“アニキ”の活躍が決定打となり、あわやワンサイドだった短期決戦が「内弁慶シリーズ」へと変わる。

【2004年】
○カブレラ氏(西武)
第3戦 西武ドーム 6ー6 7回2死満塁 左越え
対岡本真也氏(中日)

 振り切った瞬間、手応え十分だったのだろう。カブレラ氏はバットを放り投げて、そのまま万歳のポーズを作ってみせた。同点に追い付き、なおも2死満塁の場面でカブレラ氏がバットの芯で捉えたボールはあっという間に場外へ消えていった。日本シリーズでの大仕事は、シーズンのうっ憤を晴らすかのようだった。昨年までの来日3年間で154本ものホームランを積み重ねた大砲は、この年のオープン戦で右腕に死球を受けて骨折。64試合にしか出場できず、柵越えは25本“のみ”。だが、ここぞの場面で自らの怪力伝説に新たなトピックを追加する豪快なグランドスラムを放ってみせた。翌年の敬遠数がリーグ最多の15を数えたのは、この一打の印象とも無関係ではないはずだ。

【2005年】
☆今江敏晃選手(千葉ロッテ)
第1戦 千葉マリン 0ー0 1回1死走者なし 左中越え
対井川慶氏(阪神)

 ロッテ一筋18年の有藤道世氏は、1974年の日本シリーズで打率.429を残して打撃賞と技能賞を獲得した。その有藤氏が着けた背番号8を2005年から背負い、“ミスター・ロッテ”の遺伝子を受け継いだ今江選手が、球団31年ぶりとなる日本一を賭けた戦いで大暴れする。皮切りは、初戦の初回先制ソロアーチ。この年から施行された交流戦では完封負けを喫していた井川氏からの一発で、自身とチームを一気に解き放った。今江選手は、この第1戦と続く第2戦で8打席連続安打と打ちまくり、最終的には15打数10安打で4試合でのシリーズ記録となる打率.667をマーク。チームも4連勝を飾り、31年ぶりの日本一へ駆け上がった。

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