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日本一決定戦を盛り上げるホームラン、2000年代に生まれた記憶に残る一発

2000年代に日本一を競った34チームがシーズン中に放った本塁打数は1試合平均0.98本だが、日本シリーズでは0.86本と減少する傾向にある。

日本ハム・西川遥輝【写真:田口有史】
日本ハム・西川遥輝【写真:田口有史】

秋の頂上決戦、しびれる展開で生まれた、観る者が沸き立つホームラン

 2000年代に日本一を競った34チームがシーズン中に放った本塁打数は1試合平均0.98本だが、日本シリーズでは0.86本と減少する傾向にある。それでも、この短期対決で勝敗を左右するアーチが飛び出す印象が強いのは、1試合平均得点がシーズン中の4.51点から3.60点まで下がり、接戦が生まれやすい状況が関係していると言えそうだ。

 実際、全99試合で生まれた計170本塁打のうち135本が、3点差以内の状況で飛び出したものだった。最多は同点での44本だ。本塁打の数で対戦相手を上回ったチームの戦績は13勝1敗3分と、結果に結び付いている事実も見逃せない。ここでは、直近17年で生まれたホームランから、特にインパクトの大きかった10本のホームランを振り返る。

※選手名の前の☆はシリーズ最高殊勲選手賞、◇は敢闘賞、○は優秀選手賞で、スコアはホームVSビジターで表記

【2000年】
◇城島健司氏(福岡ダイエー)
第1戦 東京ドーム 0ー2 2回1死走者なし 左越え
対工藤公康氏(巨人)

 福岡ダイエーを35年ぶりの日本一に導いてから1年、前年の最優秀バッテリー賞に選出された2人のプロ初対決が実現した。マスク越しではなくバッターボックスから、工藤氏の投じたボールはどう映ったか。2回の第1打席、城島氏があわやワンバウンドという低い球を、前足のヒザをつきそうになりながら薙ぎ払うと、打球はレフトスタンドへ吸い込まれていった。1点差に詰め寄った福岡ダイエーは終盤に逆転して、大事なシリーズ初戦をものにする。得意の悪球打ちを披露した城島氏にまずは軍配も、続く2打席は三振で凡退。2005年の師弟対決は3打数で無安打1四球だったが、同年のオールスターでは城島氏が本塁打を放っている。

【2001年】
◇タフィー・ローズ氏(大阪近鉄)
第2戦 大阪ドーム 6ー6 8回2死一、三塁 右越え
対五十嵐亮太投手(ヤクルト)

 初戦に完封負けを喫した大阪近鉄は、第2戦も序盤から劣勢で、3回終了時のスコアは3ー0。ところが試合中盤に“いてまえ打線”が火を噴いて、中村紀洋氏のソロアーチなどで同点に追い付いた。仕上げは、その中村氏の相棒であるローズ氏。8回に作った勝ち越しのチャンスで、剛腕・五十嵐投手が投じた変化球はど真ん中へ。うまくタイミングを合わせて放ったローズ氏の打球は、ファンの待つライトスタンドに飛び込んだ。この年2人が記録した本塁打は、コンビとして史上最多となる101本。アベックアーチを記録した試合は20勝4敗だった。取られたら取り返す。歴史的な破壊力を誇る打線が、その真髄を見せつけた試合でもあった。

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