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存在するだけで周囲に影響与える選手 スター軍団ホークスを支えた本多雄一

スター軍団、強豪ホークスを支えたバイプレイヤー。走攻守のすべてにおいて卓越したプレーはまさに玄人好みだった。本多雄一。勝つために欠かせない男、背番号「46」には多くのこだわりがあった。

愚直なまでの野球への姿勢こそ才能

「自分の足に伝わってくる地面の感覚を正確に感じたい。そうすることで動きも正確になる。またコンディションが悪い時にはそれを感じ取れることができますからね」

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 足裏で地面の感覚を得て、足の指5本でしっかり地面をつかんで蹴る。「素足」の感覚を大事にすることが究極の瞬発力を生み出した。またそのためにスパイクシューズの前部金具の後ろ部分のソールに細かい切れ込みを入れ、屈曲性を高めたりもした。出来上がったスパイクシューズ一足ずつ履き比べて、メーカー担当者と徹底的に微調整を加えていたという。

「野球を続けることは難しいことだと思う。簡単なことではない。でも好きな野球をやっているので、良いことは1割。きついこと、辛いこと、練習しなくてはいけないことは9割。それくらいの気持ち、というかある意味の開き直りはあるのかな」

 かつて野球に対する思いを語ってくれた本多は、18年限りでユニフォームを脱いだ。引退に向けて語ったのは、FA権を行使せずに最後までプレーを全うした故郷・福岡への思いだった。

「この世界、地元愛だけではやっていけないのは誰しも分かっていることです。だけど、やっぱり福岡がいい。またこのチームで優勝したい。他の球団でプレーする気持ちにはなれなかった」

 先日2000本安打を達成したロッテ福浦和也と同様、少なくなったフランチャイズプレイヤー。FAなどもありチームや契約条件など、どのような環境を選ぶのかは選手自身の権利である。だからこう言った稀有な存在に夢を求める人が多いのかもしれない。

 決して球界を代表するスター選手ではなかった。しかしチームに勝利をもたらすため、水を運ぶ役をこなし続けた。そのためには努力を惜しまなかった。愚直なまでにもがいて、あがいた、野球に対する姿勢、それこそが才能であった。存在するだけで周囲に影響を与える選手、それが本多雄一だった。

(山岡則夫 / Norio Yamaoka)

山岡則夫 プロフィール
 1972年島根県出身。千葉大学卒業後、アパレル会社勤務などを経て01年にInnings,Co.を設立、雑誌Ballpark Time!を発刊。現在はBallparkレーベルとして様々な書籍、雑誌を企画、製作するほか、多くの雑誌やホームページに寄稿している。最新刊は「岩隈久志のピッチングバイブル」、「躍進する広島カープを支える選手たち」(株式会社舵社)。Ballpark Time!オフィシャルページ(http://www.ballparktime.com)にて取材日記を定期的に更新中。

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