先発からの配置転換が名ストッパーを生む? 過去に活躍したパ投手を振り返る

平野は配置転換後も活躍、メジャーでも活躍するほどに

○岸田護投手(オリックス)

通算成績:432試合44勝30敗63ホールド63セーブ 786回1/3 729奪三振 防御率2.99

 岸田はプロ2年目の2007年に先発とリリーフを兼任しながら39試合に登板し、126回を投げて防御率2.93と安定したピッチングを見せて台頭。2009年には故障で19試合の登板にとどまりながら、自身初の2桁勝利となる10勝を記録。139回1/3とわずかに規定投球回には届かなかったものの、先発陣の主力としての立ち位置を確立したかに見えた。

 しかし、2010年は開幕から7試合で2勝4敗、防御率4.44と調子を崩し、5月初旬からリリーフへと転向。6月にはクローザーへと配置転換され、リリーフとしては51試合で防御率2.18、11ホールド12セーブと適性の高さを示した。翌2011年は年間を通して抑えとして登板を重ね、68試合で防御率2.61、リーグ2位の33セーブを記録。69回で74奪三振とイニングを上回る奪三振数を記録し、最終戦までAクラスを争ったチームをフル回転で支えた。

 2012年途中には抑えからセットアッパーへと再び配置転換され、以降は中継ぎとして活躍を続けていく。2014年には55試合で防御率3.36という成績を残し、強力リリーフ陣の一角として優勝争いを繰り広げるチームの力となった。2015年には50試合で防御率2.56と、前年以上に安定感のある投球を披露。その後は故障に苦しんでいるものの、2018年には17試合の登板ながら防御率2.35と復活の兆しを見せており、完全復活が待たれるところだ。

○平野佳寿投手(元・オリックス)

通算成績:549試合48勝69敗139ホールド156セーブ 974回2/3 884奪三振 防御率3.10

 平野はプロ初年度の2006年から先発ローテーションに定着し、26試合で7勝11敗、防御率3.81という数字を記録。10度の完投、4度の完封と新人離れした投球内容で、早くもチームの先発陣を支える存在となった。続く2007年も27試合で8勝13敗、防御率3.72と前年同様の活躍を見せ、2年続けて170イニング以上を消化。希望枠での入団という高い期待に違わぬ才能を示し、近未来のエースとして大きな期待が寄せられていた。

 しかし、故障で2008年のシーズンを棒に振ると、戦列に復帰した2009年も3勝12敗、防御率4.72と以前のような投球は見せられず。剛腕復活のきっかけとなったのは、2010年にリリーフへと転向したことだった。63試合で39ホールドポイントを挙げ、防御率も1.67と抜群の安定感を発揮。翌2011年には当時のパ・リーグ記録となるシーズン43ホールドを記録し、最優秀中継ぎのタイトルを獲得。リーグ屈指の中継ぎ投手へと飛躍を遂げた。

 2012年途中からは岸田と入れ替わりでクローザーを任されるようになり、2013年には60試合で31セーブ、防御率1.87という素晴らしい成績を記録。翌2014年は防御率3.43と前年に比べてやや安定感を欠いたものの、パ・リーグ史上初となるシーズン40セーブの快挙を達成。その後も2017年までオリックスの守護神として活躍を続け、MLBに移籍した後も鋭いスプリットを武器に世界最高峰の舞台で奮闘している。

 豊田氏、岸田、平野の3投手は先発としてもリリーフとしても実績を残しており、どちらにも順応できる豊かな才能を有していたといえる。しかし、3人とも先発時代よりもリリーフ転向後の方が、より“凄味”を増したという印象を受けるのも確かだ。それに対し、先発時代に結果を残しきれなかった薮田氏、馬原氏、グラマン氏はブルペンに回ってから圧倒的な投球を見せており、先発よりもリリーフとしての適性の方が高かったといえそうだ。

 それぞれリリーフ転向までの先発経験が1シーズンのみだったため今回は紹介しなかったものの、松井裕樹投手(楽天)、増井浩俊投手(オリックス)、西野勇士投手(ロッテ)といった面々も1軍デビュー当時は先発だった。「先発から抑え」という配置転換が、リーグを代表するストッパーを生むことは決して少なくないといえそうだ。

 ディクソンは6年間にわたってオリックスの先発ローテーションを支えていたものの、好投しながら援護に恵まれないシーズンも多く、9勝止まりのシーズンが3度とシーズン2桁勝利には未だに手が届いていない。悲運の優良助っ人は今後もリリーフとして活躍を続け、新たな持ち場で守護神として先人たちのような活躍を見せることができるだろうか。

(「パ・リーグ インサイト」望月遼太)

(記事提供:パ・リーグ インサイト

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