「無礼とは知らなかった」―元阪神マートン氏が日本で学んだ文化、イチロー氏への思い

ガムを膨らませているのを無礼だと言われ「学んだよ。文化を尊重している」

 2007年には144試合に出場し、チームトップの打率.297を放ったマートン氏だったが、翌2008年には熾烈なレギュラー争いに敗れてマイナー降格も経験。2010年からは新天地として阪神を選んだ。

「今まで経験したことと全く違った。成長して生き残らなければならないと思い、変わらなければならなかった。彼らの文化について、そして文化から学べることはたくさんあると思った」

 1年目から見事に結果を残したが、記事では、NPBでシーズン安打記録を塗り替えたマートン氏とMLBでシーズン安打記録を塗り替えたイチロー氏の共通点も指摘。「マートンの異なる文化、言葉の環境における人生とプロキャリアへのアプローチには似たものがあった。イチローはすぐに英語を学んだが、あまり披露はしなかった。イチローはアメリカ野球をもっと知るため、オフになるとクーパーズタウンに行って学んだ」としている。

 日本で学んだことの1つとしてストレッチを挙げているマートン氏。「イチローが成し遂げたことはストレッチ、柔軟性と可動性に注力したおかげなんだ。彼らは投手を本当に注意深く見ている。たくさん学んだよ」。一方で、ガムをふくらませている写真を撮られて批判されたこともあった。「無礼だと思われるとは知らなかった。学んだよ。つまようじで果物を食べ、そのつまようじをくわえていたこともあった。それも無礼だと思われた。学んだよ。試合の文化を本当に尊重している。共通点は野球だからね」と日本の文化を徐々に学んだとしている。

 阪神での6年間を「絶対に忘れられない経験だよ」と記事内で振り返っているマートン氏は、野球を通じて様々な環境に適応してきたという。

「僕は強い信念を持っているんだ。他人と接する時、違いを考えるのではなく、共通点を見つけるようにしている。僕の場合、その共通点は常に野球だった。ケープリーグで国内のあらゆる場所出身の大学生たちとプレーしたこと、マイナーへ降格したこと、日本でプレーし、クラブハウス、文化、歴史、彼らが尊重することを学んだこと、34歳でアメリカに戻ってきて、若者たちとプレーしたこと。人生は適応の旅であり、その旅には尊重することが伴う。僕の場合、経験したことは全て野球のおかげなんだ」

 引退後もカブスのベースボール・オペレーション補佐として、マイナーでの巡回指導やスカウト活動などを行っているマートン氏。昨年は大阪北部地震、台風21号の被災地支援のために来日するなど、日本との縁も続いている。

(Full-Count編集部)

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