ロッテ一筋26年の現役生活を終える福浦和也 天才打者の数々の名場面を振り返る(後編)
多くの故障を乗り越えて、42歳9か月で通算2000安打達成
○球団史上最多の2162試合出場を達成(2018年4月10日)
2017年までロッテの史上最多出場記録を保持していたのは、1955年から1971年までの17年間に渡ってオリオンズの主力打者として活躍し、通算2314安打を放った天才打者・榎本喜八氏(故人)だった。同じ高卒の一塁手で、左投げ左打ちのアベレージヒッター。球団にとっては新旧のレジェンドである榎本氏と福浦の共通点は不思議と多い。
偉大な先人の記録の一つを破る日がやってきた。2018年4月10日の本拠地での西武戦に「7番・指名打者」で出場。この試合で福浦は5回に四球を選ぶと、7回には左翼線に追加点の口火を切る二塁打を放ち、節目の試合でチームの勝利に貢献してみせた。
福浦は「記録よりも開幕から連勝を続けていたライオンズに勝てたことが嬉しかった。これからもチームの勝利のために、ひとつひとつ積み重ねていきたいです。」とコメントし、フォア・ザ・チームの精神をあらためて口にした。この時点で通算安打数は1968本。大記録達成に向けて着実にその歩みを進めつつあった。
○通算2000安打達成(2018年9月22日)
福浦は1997年の1軍デビュー以降、10年以上にわたって主力としてコンスタントに安打を放ち続けてきた。33歳で迎えた2009年5月2日には通算1428試合出場で通算1500安打に到達した。しかし、2012年以降は相次ぐ故障の影響もあって出場機会が減少。2012年から2017年までの6年間では年平均で33本と、安打のペースも伸び悩んでいった。それでも満身創痍の状態ながら安打を1本ずつ積み重ねていき、42歳で迎えた2018年には残り38本と、大記録を射程圏内にとらえた状況でシーズンに臨んだ。
3月は2試合で2安打、4月は22試合で11安打。春先は順調に記録達成に向けて進んでいたが、5月と6月はそれぞれ1安打ずつと大きくペースを落とした。シーズン終了まで約3カ月を残した時点で、2000安打まであと23本。年内達成には黄色信号が灯っていた。しかし、7月に16試合で10安打、打率.333と復活。8月も5安打を放っていよいよ残り1桁に迫ると、残り4安打という状況で9月15日からの本拠地・ZOZOマリンスタジアムでの8連戦を迎えた。
地元・千葉での達成を多くの人が願う中、福浦は最初の4試合でわずか1安打と苦戦を強いられる。しかし、19日と21日に2試合連続で安打を放ち、いよいよ残り1本という状況で22日の試合を迎えた。3打席で無安打1四球と安打が出ないまま迎えた8回の第4打席、福浦が放った打球がライトの右、フェアゾーンに落ちると、球場に詰めかけたファンの喜びが爆発した。記念すべき通算2000安打を達成する一打は、自身の代名詞ともいえる二塁打だった。
42歳9か月での達成は、和田一浩氏(西武、中日)の42歳11か月に次ぐ史上2番目の年長記録。達成までに要した2234という試合数も、歴代3位の多さだった。1993年秋のドラフト会議で12球団最後の選手として指名されてから25年、1500安打を達成してから9年。故障との戦いを乗り越え、苦しみ抜いて金字塔にたどり着いた生え抜きの大ベテランの偉業を、本拠地のファンは大歓声と拍手で称えた。
球団史に名を残す偉大なヒットメーカーは惜しまれながら今季限りでバットを置く。しかし、その卓越したバットコントロールと抜群の勝負強さが生み出した数々の名場面は、今後もずっと語り継がれていくだろう。
(「パ・リーグ インサイト」望月遼太)
(記事提供:パ・リーグ インサイト)