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元近鉄・金村氏が語る昭和のプロ野球豪快伝説 「1人私服でセカンドバッグ…」

21世紀を迎え、野球界で最も大きく変化したことの1つは、選手の意識の変化にあるだろう。野球選手としてはもちろん、1人のアスリートとしての意識が高い選手が増え、それぞれに野球のスキルアップアップ以外にも、コンディショニングや栄養など自己管理を徹底する選手がほとんどだ。だが、まだコンプライアンス(法令遵守)という言葉が一般的ではなかった1990年代以前の野球界には、まことしやかな伝説が数多く残されている。軽快な語り口で各種メディアに引っ張りだこの元プロ野球選手、金村義明氏も、そんな時代に現役時代を過ごした。

栗橋氏の豪快伝説の数々「みんなジャージを着て体操してるのに…」

 曲がったことが大嫌い。長いものには巻かれない。全てに対して0か100かで立ち向かう。そんなタイプだったという栗橋氏は、球界屈指の“大監督”として名高い故・西本幸雄監督にも言い返したことがあったという。

「師匠で頭の上がらない西本監督に『お前、手抜きしやがって!』なんて言われると、最初は『してません!』なんて直立不動で答えるんですよ。でも、3回くらい続いたら『してねぇって言ってるだろ!』ってぶち切れるような人でしたね。西本さんにも刃向かっていました」

 かつての選手はお酒に関するエピソードに欠かない。栗橋氏もまた驚くようなエピソードに溢れているようだ。

「東京遠征に行くと、当時は田町の第一京浜沿いに宿舎があったんですよ。栗橋さん、酔っ払うと道路のセンターラインにある生け垣の中に立ってバットを振ってね。深夜、通り過ぎる車のライトをボールに見立てて、車が向かってくるたびにバット振って(笑)。なんちゅう人や。

 キャンプの時も朝、みんなジャージを着て体操してるのに、栗橋さんだけ1人私服でセカンドバッグ持ったまんま体操してました。おそらく、体操の時間には遅れないように帰ってきたんでしょうね。一応そこにはいるけど、バレバレ(笑)」

 金村氏曰く「板橋の十条出身で、高倉健さんの映画は『網走番外地』から全部見ていた」という栗橋氏は、近鉄入団後も「一切標準語が抜けない。今も染まらず、藤井寺でお店やってますよ」という意志の強さの持ち主。毎年オフには車の免許を取ろうを教習所に通い始めるが、「教官から上から目線で物を言われると、すぐぶち切れて辞めるんです」。結局、現役引退後もしばらく経つまでで免許はなく、金村氏が運転手を務めていたこともあるという。「昭和の豪快な伝説の人。大好きな先輩です」と語る目は、愛情に溢れている。

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