中日小笠原の弟がBCリーグトライアウト挑戦へ 9か月でクラブチーム退団…電話では号泣
福島で監督を務めていたロッテ、阪神でプレーした元ドラフト1位の吉田篤史氏も成長に目を細める
夏の甲子園を制して中日からのドラフト1位指名を勝ち取った慎之介と違い、藤沢翔陵時代は無名の背番号「11」。それでも、兄からの無言のエールに背中を押され「本気で野球で上を目指したい」と決めた覚悟は揺るがない。社会人野球部のテストを受けるなど新たな進路を模索し、行き着いたのがBCリーグの合同トライアウト。今季から地元球団でもある「神奈川フーチャードリームス」が参戦することも前向きに捉える。「神奈川でやれたら一番ですが、野球ができるならどこのチームでもいきたい」と話す。
福島での日々も無駄にはしない。朝から夕方まで営業マンとして働き、初めての一人暮らしで自炊にも挑戦。オムレツ、そばめし、チャーハン、肉炒めなどをローテーションさせて節約した。チーム全体で練習できるのは週3日。それ以外は個人的にジムに通ってウエートトレーニングに励んだ。選手も少なく10人で試合を戦ったこともあったが、都市対抗の予選などで実戦経験を積むことはできた。
「高校3年のころに比べたら別人」。監督を務めていた吉田篤史氏は、成長に目を細める。ロッテや阪神でプレーした元ドラフト1位右腕は、智一を主戦として起用。「チームを背負うという自覚を持って投げた経験は、すごく大きいと思う」と語る。まだ直球の最速は135キロ程度だが、フォームや投球の組み立ては見違えるようなってきたといい、「あとは本人がどこまでやれるかですが、楽しみな選手だと思います」と期待した。
智一自身も、兆しは感じている。178センチ、75キロのひょろっとした体型も徐々に厚みが増してきた。吉田氏から「全体的に3ランク、4ランクはアップしないと無理。アニキを抜けばプロにいけるぞ」とハッパをかけてもらい、まずは屈強な土台を築いていく。トライアウトに向け「ひとまず1月はすべてを野球に捧げます」。容姿や声は日ごと兄そっくりになってきた。いつか野球用具分の恩返しができるように、まずは独立リーガーになってNPBを夢見る権利を得たい。
(小西亮 / Ryo Konishi)